2016年、ここ日本はVR元年と言われている。VRとはVirtual Reality(仮想現実)のことだ。過去何度もVR元年と言われてきたことはさておき、今は技術・環境が整い、日常生活にまでVRが浸透し始めている。
教育とVR
教育の観点で見ると、医療(外科手術)や飛行機のフライトなど、特殊技術・物理的技術が求められる分野、とくに実社会で求められる大人のトレーニング現場での活用が進んでいる。
それは大人の世界だけではなく、子どもの世界でも例外ではない。
以下の動画をご覧いただきたい。
これは、「Job Simulator」という、その名のとおりの、仕事の体験実験を行うためのVRアプリケーションだ。用意されているのは、「オフィス」「レストランの厨房」「コンビニ」「修理工場」の4つの舞台。そこで起こりうる出来事や課題を、ユーザ自身が体験し、解決していくことが目的となる。
大人はもちろん、子どもたちにとっては、社会に出る前に社会経験ができる、いわば21世紀型社会科見学だ。
ほかにもこういったVRアプリケーションがある。
これは、「Tilt Brush」という、VRを活用したペイントアプリだ。VR内をすべて自分のキャンパスとして、画を描けるというもの。それも2次元ではなく3次元で。場所の制約もなく、絵の具やインクが切れる心配もなく。身体が動き続ける限り、自分の表現したいものを表現し続けられる。何度でも直すこともできる。さらに、自分が描いた線や図形、オブジェを正面からも裏からも上からも見ることができる。
いずれも、HTCというメーカが2016年6月1日に一般向けに国内販売を開始したばかりのVRツール「Vive」で動くものだ。
今紹介した2つのアプリの共通点。それは、仮想世界の中で物理的体験(仕事・ペインティング)を、現実世界同様、ときに非現実的な動作で行えるという点。それも、特別な資格は必要なく、制限された場所でもなく、このViveという製品を購入すれば、だ(Vive本体価格は、2016年6月現在、日本円で107,800円)。繰り返すが、これは誰でも買える製品なのである。
VRを知っている未成熟な子ども、VRを知らない成熟した大人
いまだにVRと言うとゲームを始めとしたエンターテイメントの世界のイメージが強い。しかし、その活用方法は、エンターテインメント以外の、ビジネスや教育の分野まで入り込んできた。しかも、とても身近に。先ほどの例のように、あたかもゲームをしている感覚で、仕事体験をしたり、絵画を楽しめる。そう、親が子どもに教えるがごとく。
教育は手法ではない。しかし、道具が進化することで教育の手法が変わる。価値観も変わる。
たとえば、幼稚園最後のクリスマスプレゼントにこのViveをもらった子どもがいたとしよう。彼・彼女は時間を忘れて「Tilt Brush」に熱中するに違いない。そして、次の春に小学校へ入学する。図工の授業が始まったとき、その生徒はこういうだろう。「先生、なんで紙に書いた絵の裏側は見えないの?」――そんな時代がすでに来ているのだ。
教育者はVRとどのように向き合うべきか
VRを先に経験した未成熟な子どもたちに対し、VRを経験したことのない成熟した大人の先生たちはどのように“教育”をすればよいのだろうか。
まず、忘れてはならないのが、道具で教育の本質は変わらないこと。変わるのは状況だけ。
VRでも現実世界でも、価値観が多様化しようとも、何事でも自分だけではない、自分以外の相手がいること、ほかの価値観があるということ――この普遍的事実を、どんな状況になってもきちんと伝えていくことが、これからの教育者としてますます求められていくはずだ。
技術進化によって世界は変わってきた。これからも変わるだろう。これからの時代は子どもだけではなく大人たちも学びつづける必要がある。今回取り上げたVRをはじめ、大人たちが知らないさまざまな技術が身近になっていること、まずそれを知り、食わず嫌いにならずに、触れてみてもらいたい。つまり、大人が率先して多様な価値観を受け入れるのだ。そして、その体験に基づいた新しい時代に即した教育を実施していく。
これこそが教育に関わるすべての人間が意識すべき課題であり、次の世代につなげるための、今の大人たちに向けられた未来のための宿題でもある。