東日本大震災によって福島第一原発事故が起こり、近隣住民は避難を余儀なくされました。未だに帰還困難区域の皆さんは仮設住宅で暮らしていますし、避難指示解除区域からでも自主的に県外へ移住した方々がいらっしゃいます。
そして、震災から6年経った今でも福島第一原発事故の風評被害は続いています。特に近年、社会問題として記憶に新しいのは、2011年の年末に福島から自主避難して横浜市の市立中学校に通っていた男子生徒が「菌」呼ばわりされ、「賠償金」と称して総額150万円を友人らから搾取されていたといういじめの問題です。
出生地を自らが選べるものでもなく、また好んで被災したわけでもない。不可抗力をあたかもその子の落ち度のように詰るいじめた側の子どもたちに憤りを憶えるというより、私自身は敷衍して人間そのものの理性の在り方について、ただただ悲しくなるという気持ちが先だちました。また、いじめた側の子どもたちも家庭内に何か問題があるのかもしれない、精神的に何か抱えていないかなどとは考えましたが、報道からは見えてきません。
ですから、私が提案できることといえば、一般的な教育の話に立ち戻って、やはり「放射線とは何か」だとか「人間や自然界にどのような影響があるか」といった知識を正しく理解していさえすれば、少しでも相手の立場を思いやれるかもしれない、というところからスタートするのはどうかということです。人は掌握できないものに恐怖心を憶えたり、自分と異なるものに不安を感じて排除したいと思ったりするものですから、物事を自分の問題として捉えることができれば状況は変化するように感じます。
■放射線教育パンフレットと副読本で正しく学ぶ
2017年3月に、福島県教育委員会によって「放射線・防災教育実践事例パンフレット」が作成されました。福島の子どもたちが放射線に関する知識を習得して、自ら考え、判断し、行動する力、「生き抜く力」を身につけさせることが目的で、多くの実践事例が掲載されています。
また、2014年3月には「放射線副読本」として、震災後の2011年10月に出された副読本が刷新されました。「小学生のための放射線副読本」と「中学生・高校生のための放射線副読本」の2種類が作成・配布され、その活用が促されています。
改訂前の副読本も、放射線について理解が深まる内容にはなっていますが、震災との結びつきが弱く、これを読んだところで実際の被害状況や、被災地の方々の心的ダメージなどは伝わってきにくいです。目次を見比べると一目瞭然ですが、新しい副読本では「風評被害」や「差別」のことが語られ、全国の児童生徒が正しく放射線について学び、生活に活かせるように工夫が施されています。
改訂前 | 改訂後(小学生版) | ||
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はじめに | はじめに | ||
◆ | 放射線って、何だろう? | 第1章 | 原子力発電所の事故 |
◆ | 放射線は、どのように使われているの? | 1-1 | どんな事故が起きたの? |
◆ | 放射線を出すものって、何だろう? | 1-2 | どんな被害があったの? br> (1)住民の避難 br> (2)風評被害や差別があった |
◆ | 放射線を受けると、どうなるの? | 1-3 | 事故から立ち直るために br> (1)食べ物は安全なの? br> (2)食べ物を調べる br> (3)空気中の放射線量を測る br> (4)放射性物質を取り除く作業 br> (5)未来への出発 |
◆ | 放射線は、どうやって測るの? | 第2章 | 放射線について知ろう |
◆ | 放射線から身を守るには? | 2-1 | 放射線って、何だろう? br> (1)身の回りの放射線 br> (2)放射線と放射線を出すもの br> (3)放射性物質の変化 |
◆ | 放射線についての参考WEBサイト | 2-2 | 放射線を受けると、どうなるの? br> (1)放射線の影響を測る単位 br> (2)自然から受ける放射線の量 br> (3)体に受ける放射線の量と健康 |
2-3 | 放射線から身を守るには? br> (1)事故のときに身を守るには br> (2)事故が起こったときの心構え |
■新学習指導要領にも、放射線教育
実は、現行の中学校の新学習指導要領にも放射線教育のことは記載されています。
そして、新学習指導要領にも放射線教育について記載されています。
現行学習指導要領 | 新学習指導要領 | ||
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理科 | 「原子の成り立ち」については、放射線の性質と利用にも触れること。 | 理科 | 真空放電と関連付けながら放射線の性質と利用にも触れること。 |
「原子」については、放射線の性質と利用にも触れること。(再掲) | 「原子の成り立ち」については、熱の伝わり方、放射線にも触れること。 |
(新旧対照表(PDF)より)
現行にも記載ありということで、上述の横浜市の先生方が放射線教育をきちんと行っていたのかは気になるところです。とはいえ、理科分野だけに記載されているので、理科専科の先生に授業を任せてしまうと、学級経営のなかで放射線教育(による差別・いじめ撤廃)はできません。ここは先生同士で連携をとっていただきたいところです。
放射線教育の授業例も、複数のサイトで紹介されています。
学習指導要領を加味し、基本的な知識が整理され、画像や動画などもあるこれらのサイトはとても役立ちそうです。
また、2012年に、放射能を女性のヒステリーに例えたJAEAのホームページがありましたが、世論も言語道断と批判的で、すぐにサイトは削除されました。制作者に差別のつもりはなくても、無意識のうちに差別的な感覚が刷り込まれ、表現されてしまった事例だと思います。同じように、私たちも被災地や被災者に対して、自分で確かめたわけでもないのに、決めつけのようなことをしていないでしょうか。子どもも大人も考えたいテーマですね。
まずは保護者や先生が正しく放射線について理解し、子どもたちにきちんと教えていきましょう。
追記
ちなみに、その後、横浜市では横浜市いじめ防止基本方針の改定を進めており、現在改定原案に対するパブリックコメントの募集が7月28日まで行われています。こちらには「東日本大震災により被災した児童生徒又は原子力発電所事故により避難している児童生徒」は特に配慮が必要と明記されました。そのほか、「発達障害を含む、障害のある児童生徒」「海外から帰国した児童生徒や外国人の児童生徒、国際結婚の保護者を持つなどの外国につながる児童生徒」「性同一性障害や性的指向・性自認に係る児童生徒」なども特に配慮が必要な児童生徒だと追記されました。
~横浜市いじめ防止基本方針(改定原案)~
http://www.city.yokohama.lg.jp/kyoiku/bunya/ijimehousinn-ikennbosyu/20170608131757.html