2020年、次期学習指導要領~消えた「アクティブ・ラーニング」

2020年、次期学習指導要領~消えた「アクティブ・ラーニング」

2017年2月14日に小中学校の学習指導要領改訂案が公示され、3月15日までパブリック・コメントが募集されていました。3月31日には文科省によってパブリック・コメントの結果と質問に対する回答が示され、歴史教育における「聖徳太子」や「鎖国」の用語の扱いなど、いくつかのトピックスが話題になっています。

そのうち、今回は「アクティブ・ラーニング」の用語が消えたことについて取り上げます。

■そもそも「アクティブ・ラーニング」は大学向け

近年ずっと教育業界では「アクティブ・ラーニング」という用語が一人歩きしてきました。このアクティブ・ラーニングについて、起源を辿ると2012年8月に中教審に取りまとめられた「新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて~生涯学び続け、主体的に考える力を育成する大学へ~(答申)」に遡ります。

本文には「従来のような知識の伝達・注入を中心とした授業から、教員と学生が意思疎通を図りつつ、一緒になって切磋琢磨し、相互に刺激を与えながら知的に成長する場を創り、学生が主体的に問題を発見し解を見いだしていく能動的学修(アクティブ・ラーニング)への転換が必要である」という表現が出てきています。

また、アクティブ・ラーニングの用語説明(PDF)として能動的に学修して育成される認知的、倫理的、社会的能力、教養、知識、経験を含めた汎用的能力とあり、「発見学習、問題解決学習、体験学習、調査学習等が含まれるが、教室内でのグループ・ディスカッション、ディベート、グループ・ワーク等も有効なアクティブ・ラーニングの方法である」とも記されています。

つまり、アクティブ・ラーニングとは、当初は大学教育のあり方を考える際に使用された言葉だったのです。大学では、大教室で一斉教授されることが多く、学びに対する学生の主体性が育たない。だから能動的に学ばせよう。こういった発想が、なぜか高等学校・中学校・小学校にまで下ってきたというのが現状です。体験学習などの多い小学校はすでにアクティブ・ラーニングができているといえそうなのに、なぜかいちばん熱心に研究しようとしているのは小学校の先生であることが多い。電通総研のアクティブラーニングこんなのどうだろう研究所などにも小学校の先生が毎回多数いらっしゃっています。大学では未だに一斉教授は多いし、受験を控えた高等学校や中学校は詰め込み授業になりがちですので、学齢が上がっていくほどに対象となってほしいところが、逆にあまり授業に組み込まれない。皮肉なことです。

■学習指導要領改訂案から消えた言葉

実は、2月14日に出された学習指導要領改訂案にはそれまであった「アクティブ・ラーニング」という用語がすべてなくなっています。代わりに用いられているのは「主体的・対話的で深い学び」という言葉です。これには定義が曖昧な外来語は法令には適さないからという理由があります。しかし、「主体的・対話的で深い学び」には明確な定義があるのかといえば疑問は残りますね。

どちらにしても曖昧な表現であるため、現場の先生たちが混乱して、何か少しでも知識・スキルを身につけようとして様々なセミナーなどに顔を出されているように見えます。また、アクティブ・ラーニングとは学習に対する姿勢を指しているのに対し、どんな方法で教えればいいのかといった方法論を追究してしまいがちなところも問題です。

■辛辣なパブリック・コメント

この学習指導要領から「アクティブ・ラーニング」という用語が消えたことについては賛否両論で、パブリック・コメントには「アクティブ・ラーニングを学習指導要領に明記すべき」という声もあれば、「多義的なアクティブ・ラーニングを規定しなかったことを評価する」という声もありました。また表現の違いはともかく「『主体的・対話的で深い学び』の具体的な実践例を示すべき」という意見もありました。

その他にも複数の視点で意見が寄せられており、関心が高い項目であることがよくわかります。文科省の回答が婉曲で完全に理解することが難しいですが、その分、自由に授業例を考える余地があるともいえ、今後も注目されていくことは間違いないでしょう。ただし、かつての用語一人歩きといった傾向はトーンダウンするかもしれません。

パブリック・コメントで寄せられた意見 文科省の回答
アクティブ・ラーニングを学習指導要領に明記すべき。 答申においては、「「アクティブ・ラーニング」については、子供たちの「主体的・対話的で深い学び」を実現するために共有すべき授業改善の視点として、その位置付けを明確にする」こととされています。
新学習指導要領では、法令の一種である告示という形式から「アクティブ・ラーニング」という言葉自体は規定していませんが、「主体的・対話的で深い学び」の実現のための授業改善について規定しいます。具体的には、総則において「主体的・対話的で深い学びの実現に向けた授業改善」について規定するとともに、各教科等の「指導計画の作成上の配慮事項」として、「主体的・対話的で深い学び」の実現に関して、これまでも規定していた指導上の工夫について整理して規定しました。
文部科学省としては、こうした「主体的・対話的で深い学び」の趣旨について丁寧に周知に努めるとともに、全国の様々な優れた実践例の収集・共有等に積極的に取り組んでまいります。
多義的なアクティブ・ラーニングを規定しなかったことを評価。
「主体的・対話的で深い学び」の具体的な実践例を示すべき。
アクティブ・ラーニングを推進することは良いが、教育方法を問題にするあまり、教える内容を疎かにし正確な理解ができないようなことにならないようにする必要がある。 答申では、指導方法に関しては「指導法を一定の型にはめ、教育の質の改善のための取組が、狭い意味での授業の方法や技術の改善に終始する」ことを避け、特に義務教育においてはこれまで積み重ねられてきた様々な授業改善を継承・発展させることが重要と指摘されています。
こうした指摘を踏まえ、新学習指導要領では、総則において「主体的・対話的で深い学びの実現に向けた授業改善」について規定するとともに、各教科等の「指導計画の作成上の配慮事項」として、このような授業改善を図る観点からこれまでも規定していた指導上の工夫について整理して規定しました。
義務教育においては、新しい教育方法を導入しなければと浮足立つ必要はなく、これまでの蓄積を生かして子供たちに知識を正確に理解させ、さらにその理解の質を高めるための地道な授業改善が重要であることを丁寧に説明したいと考えています。
「主体的・対話的で深い学び」を実施するためには、教育内容を精選すべき。 答申では、「主体的・対話的で深い学び」について、例えば国語科や各教科等における言語活動や、理科において観察・実験を通じて課題を探究する学習、美術科における表現や鑑賞の活動など、「これまでも充実が図られてきた学習を、更に改善・充実させていくための視点」であり、「今までの授業時間とは別に新たに時間を確保しなければならないものではなく」と指摘されています。
このような観点からも、意見番号2及び3で示したとおり各教科の教育内容を削減する必要はなく、また適当でもありません。なお、特に授業時数が増加する小学校においては、平成30年度から31年度の移行措置期間や32年度以降の全面実施以降において授業時数を確保するために更にどのような工夫が必要かについては、今回寄せられた御意見や教員の勤務実態などをしっかり踏まえて、別途検討してまいります。
小学校段階では、最低限の学力がない児童も多く、アクティブ・ラーニングが有効となるか疑問。 答申では、「主体的・対話的で深い学び」の在り方は、子供の学習課題等に応じて様々であり、「基礎的・基本的な知識・技能の習得に課題が見られる場合には、それを身に付けさせるために、子供の学びを深めたり主体性を引き出したりといった工夫を重ねながら、確実な習得を図ることが求められる」と指摘されています。したがって、単元や題材といった内容や時間のまとまりの中で、児童生徒の状況に応じて知識・技能の習得を重視することが求められる場合があることは当然であり、このような単元などのまとまりの中で、児童生徒に必要な学びを組み立て、順序立てていくことが、主体的・対話的で深い学びの観点からの授業改善にとって重要です。
文部科学省としては、こうした「主体的・対話的で深い学び」の趣旨について丁寧に周知に努めるとともに、全国の様々な優れた実践例の収集・共有、貧困等に起因する学力課題の解消のための教員定数の加配等を含めた指導体制の充実に積極的に取り組んでまいります。

 

また話は逸れてしまいますが、学習指導要領はさておいて、筆者としては本来アクティブ・ラーニングが行われるべき大学教育でそれが実現されているのかも検証が必要だと考えています。大学の先生たちが「教え方」を学ぶ、まさしくアクティブ・ラーニングの経験がないといけないように考えるのは筆者だけではないはず。

せっかく高等学校までの教育課程で培った主体性の種を摘んでしまわないように、大学教育のあり方も引き続き改善されていってほしいものです。また、さらにいえば大学卒業後の就業に対する意識・姿勢も主体的であるためにはどうすればよいかを、企業人事やマネジメント層が考えるべきとも思っています。資本的な利益の追求だけでなく、人間の営みとして数値化できない豊かさの追求がなされるべきで、この前提となるのも杓子定規ではない「主体的・対話的」な取り組みであることに違いありません。

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