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落語とアクティブラーニングの意外な関係

1966年5月15日から、毎週日曜日に放送している超長寿番組がある。『笑点』だ。2016年は、放送開始から50年という節目の年にあたる。「徹子の部屋」は1976年、「サザエさん」が1969年の放送開始。現在放送されているどの番組よりも長く続いている番組なのだ。50周年となる今年、2006年から10年間、5代目の司会者を務めた桂歌丸氏(79)が番組を引退した。これが1つの引き金ともなって、若者の間で「寄席デート」が密かなブームになるなど、今、にわかに落語熱が高まっているという。

「渋谷らくご(略して「シブラク」)」は、2014年に始まった。毎月第2金曜日から5日間、本格的な落語をモダンな環境で堪能できる。毎回「満員御礼」だという。江戸時代に生まれた芸能が、今なおエンタテインメントとして根付いているということになる。そこには誰の心をも惹きつける歴史の中で磨き抜かれた力があるはずだ。教育の原点は、人の心に火をつけることだとするならば、落語の持つ力の中に、教育に還元できる要素を見出すこともできるかもしれない。

落語とアクティブラーニング

桂歌丸氏は、卓越した話芸と落語会への貢献が評価され、2016年の5月31日に、文部科学大臣から大臣表彰された。日本文化を担う文化庁は、教育を司る文科省の外局として置かれている。当然ではあるが、文化・芸術と教育とは、相互に深いつながりを持っている。

教育改革のキーワードになっている「アクティブラーニング」。その重要課題の1つは、ファシリテーターの養成だ。ファシリテーターとは、その場の状況を見ながら、学びや活動を的確に導く人のことだ。教室のインフラを整え、学生にタブレットPCを持たせ、教材をデジタル化したらアクティブラーニングになるわけではない。どんなに外堀を固めても、最後は、その場にいるファシリテーターがどうであるかにかかっている。

これは、落語とよく似ている。落語には、江戸時代から受け継がれてきた完成台本があるにもかかわらず、落語家によって、聴き手の中に現出する世界は全く変わるのだ。三遊亭金馬の『目黒のさんま』は、五代目三遊亭圓楽のそれとはまるで違う。果たして、この違いはどこからくるのだろうか?

全部インプットして、あとはインプロする勇気

落語家の立川談慶氏は、著書『いつも同じお題なのに、なぜ落語家の話は面白いのか』(大和書房)の中で、コミュニケーションという視点から落語をひも解いている。その中にこのようなことが描かれている。

「上手な落語家は“今、お客さんの心を掴んでないな”と思った瞬間に、その事実まで客にオープンにして安心感を与えるのだ」

このことからもわかるように、決して、稽古したことを稽古した通りに話すことだけが本番ではない。決まった噺をどう表現するかもインプロ(即興)、さらには隙間をどう埋めるかもインプロなのだ。同じ噺が、落語家によって、全く別物になる理由がよくわかる。

アクティブラーニングにおけるファシリテーションも同じではないだろうか。伝えるべきことは完璧に準備したうえで、あとは学び手との呼吸によって、インプロでつないでいく。そのためには、全部インプットして、全部捨てる勇気が必要だ。この勇気を鍛えるには、日常的に実践してみるしかないだろう。

スピーチをするときに、情報を全てインプットしてから、本番は記憶を辿るのではなく、その場の空気しだいで自在に表現する

このように、日常から意識を変えるだけで、前述の「落語のエッセンス」が醸成されるかもしれない。桂歌丸氏は大臣賞受賞時にこう語っていた。

「どんなにばかばかしい落語にも何か教えというものがあり、そういうものを、落語を通じて若い人たちに感じてほしい」

我が国の伝統芸能から、学びとるべきことはまだまだありそうだ。

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