変わる早稲田大学 ― 学修ポートフォリオとリーダーシップ教育を標準化

変わる早稲田大学 ― 学修ポートフォリオとリーダーシップ教育を標準化

2016年10月4日(火)、早稲田大学井深大記念ホールにて、同大学の大学総合研究センターが主催するフォーラムが開催された。大学総合研究センターは、早稲田大学の改革をデザインし牽引することをミッションとして2014年2月に設置された。同センターの設立にあたって、橋本周司所長(早稲田大学副総長)は、「世界中の優秀な学生や研究者から選ばれる大学となるため、グローバルな土俵で競争できる教育、研究、経営を考え、絶えず進化し続ける大学を目指す」としている。

フォーラムのテーマは、改革の柱ともなる「学修ポートフォリオ」と「リーダーシップ教育」。早稲田大学と企業の教育分野における産学連携共同体「デジタルキャンパスコンソーシアム(DCC)」との共催で実施され、大学人だけでなく企業人も登壇し、パネルディスカッションが行われた。はたして、早稲田大学は何をどう変えようとしているのか? フォーラムから見えてきた教育改革構想とその具体施策をお伝えする。

学修ポートフォリオがエントリーシートになる!?

会冒頭の挨拶で、橋本周司所長は、現在計画している学修ポートフォリオシステムについて言及した。学修ポートフォリオとは、レポートや論文など、学業における成果物やその過程、サークルやボランティアなどの課外活動の履歴などを記録したものだ。学生本人が自分の活動を振り返り、先の学修計画を立てるのに役立てられるほか、学びの証明書のような役割を果たす。

大学総合研究センターでは、現在、学修ポートフォリオシステムをどのように開発し、活用していくかの研究を進めている。そして、興味深いのはここからだ。この学修ポートフォリオは、学生が承認すれば、外部からもアクセスできるように設計するという。「外部」というのは、たとえば企業を意味している。つまり、学修ポートフォリオをキャリア支援とつなげ、学生と企業がマッチングできる新たなパスをつくるということだ。

確かに、このような仕組みを実現できれば、就職活動の様相が大きく変わる可能性がある。企業からしてみれば、これまでは、学生が応募直前に作成したエントリーシートと、面接のみで採用の可否を判断するしかなく、採用のミスマッチは避けられなかった。しかし、学生の大学時代のログが見られるようになれば、それが軽減されるかもしれない。また、学生が就活のために学業を捨てて準備せざるを得ない現状が打開され、大学内外での学びや活動を充実させることが、その学生に合った企業との出会いにつながるような状況が生まれるとしたら、学生にとっても理想的だと言える。

実際、企業側の期待も高そうだ。フォーラムで登壇したソニー株式会社の人事センター採用部統括部長の北島久嗣さんはこのように語った。

「ソニーにとって、他のすべてを変えても絶対に変えられないものは“自由闊達”と“開拓者”という企業理念。短い面接時間でこれらに合った人を採用することはとても難しいが、ポートフォリオのような記録と面接とを組み合わせれば、期待できる人材を見つけることができるのではないかと思います」

株式会社ソニーの人事採用について説明する同社人事センター採用部統括部長の北島久嗣さん。
株式会社ソニーの人事採用について説明する同社人事センター採用部統括部長の北島久嗣さん。

もう一人の登壇者、パナソニックシステムネットワークス株式会社の執行役員、人事・総務部部長の中島好博さんからは、ポートフォリオを活用した新たな選考コースの検討が発表された。

「松下幸之助は、ものづくりの前に人づくりだと考えていました。基本ができていれば人は成長するという考え方で採用活動を実施し、ジャパンソリューションユニバーシティという独自の機関で研修を行います。早稲田大学が研究しているポートフォリオを、こちらが持っている人財カルテと連携させて、人の成長をつなぐようなこともできるかもしれない。また、ポートフォリオを活用した選考コースも検討しています」

パナソニックシステムネットワークス株式会社 執行役員の中島好博さんは、ポートフォリオと自社のデータベースとの連携可能性に言及した。
パナソニックシステムネットワークス株式会社 執行役員の中島好博さんは、ポートフォリオと自社のデータベースとの連携可能性に言及した。

一方で、このような構想を机上の空論にしないために、極めて重要なことがある。それは「大学教育の中身をどうするか?」という課題の解決だ。

現代社会で求められる「新しいリーダーシップ」

フォーラムは「大学生が身につけるべきスキルとは? 〜ポートフォリオは産学のギャップを埋めるか〜」と題して行われた。このタイトル通り、産学のギャップは常に問題視されてきた。今度は、企業が求める人材像と、大学が育成する人材像のミスマッチの問題だ。もし大学が、企業の求める力をまるで無視して教育を行ったとして、その記録がポートフォリオとして残っていたとしても、あまり採用の場面で役立つものにはならなそうだ。

そこで大学総合研究センターが新たに打ち出した施策が「リーダーシップ教育」の導入だ。「リーダーシップ教育」という言葉は、最近耳にする機会が多いように思われるが、実は、日本の大学でリーダーシップを学ぶことができる場面はそう多くはない。欧米の大学では、必ずと言っていいほど、リーダーシップを体系的に学んでいくためのカリキュラムが用意されている。ところが、日本の大学では、リーダーシップは一般的な科目になっていないのだ。

この状況に変化をもたらした人物がいる。それが今年4月から同センターでリーダーシップ養成プログラムを指揮する日向野幹也教授だ。日向野教授はBLPの通称でよく知られる立教大学経営学部のビジネス・リーダーシップ・プログラムの生みの親だ。約10年前に始まったBLPは着実に成果を上げ、立教大学は2013年から経営学部だけでなく全学的な取り組みとしてGLP(グローバル・リーダーシップ・プログラム)を行っている。

これまでは、権限を持っている人がリーダーシップを発揮すべきだと考えられてきた。そして、リーダーシップというと「カリスマ性」をイメージする人も多い。しかし、新しいリーダーシップはそうではないと日向野教授は語る。

「変化が激しい環境や、イノベーションを起こす必要のある環境では、権限を持たない人でも他者を巻き込み、成果目標を達成するリーダーシップを発揮する必要がある。そして、それは天性の才能によるのではなく、トレーニングによって養成が可能です」

「リーダーシップ」の変化、育成方法、評価方法について、11年間の実績をもとに知見を共有する日向野教授。
「リーダーシップ」の変化、育成方法、評価方法について、11年間の実績をもとに知見を共有する日向野教授。

こうした新しいリーダーシップは、今、国内外を問わず、ほぼすべての企業人に求められていると言っても過言ではないだろう。したがって、早稲田大学がリーダーシップ・プログラムを開始して育成する人材は、実社会が求める人材そのものだということになる。また、日向野教授は、ポートフォリオの有用性について、このように説明した。

「米国の知見では、リーダーシップは面接によって見抜くことはできず、数量化もできない。証拠に基づいた過去の実績で見るのが一番確実な方法です。高校や大学でのリーダーシップ実績の記録、つまりポートフォリオが有効です」

日向野教授のBLP出身者で、卒業後に起業した株式会社イノベスト代表の松岡洋佑さんは、現在、独自開発のルーブリックを活用したラーニングアシスタント養成プログラムを提供している。
日向野教授のBLP出身者で、卒業後に起業した株式会社イノベスト代表の松岡洋佑さんは、現在、独自開発のルーブリックを活用したラーニングアシスタント養成プログラムを提供している。

今回のフォーラムで明らかになった学修ポートフォリオとキャリア支援との連携、そして、リーダーシップ教育の標準化構想。どちらも日本全体の教育に資する開明的な取り組みだと筆者は感じた。変わる早稲田大学のこれからに注目したい。

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