今さら聞けない! 国家プロジェクト「トビタテ!留学JAPAN」とは、いったい何なのか?

今さら聞けない! 国家プロジェクト「トビタテ!留学JAPAN」とは、いったい何なのか?

島国・日本に住む私たちは、隣の国に行くのにも海を渡る。それ故、陸続きで国境を越えられる国に住む人よりも、世界に出ることに対して消極的になりがちなのかもしれない。しかし、グローバル化は否応なく進行している。誰もが例外なく、世界に目を向けて生きていかなければならない時代になろうとしている。とはいえ、日本ではまだ、働こうと思えば就職先もあるし、贅沢を言わなければ食っていくこともできる。

「グローバル化」に危機感や実感を持っている人はまだまだ少ないというのが実状だろう。ところが、現実には、世界的な人口増加に反して、日本の人口減少は確定的だ。単純に考えても、国内需要だけでは立ち行かなくなる企業が増えることは間違いない。そうなれば、国民の大多数が、世界と何らかの関わりを持たざるを得なくなるはずだ。

これからは、実際問題として、いわゆる「グローバル人材」が求められる。この現実と真正面から向き合い、遅きに失しないために、すでに取り組まれている国家プロジェクトがあるのをご存知だろうか? 「トビタテ!留学JAPAN」だ。今回は、この国家プロジェクトを主導する文部科学省の事務局メンバーで、広報担当の西川氏を訪ね、取り組みの全容と現状について取材した。

Q.日本における海外留学の現状と、「トビタテ!留学JAPAN」の意義についてお聞かせください。

日本の海外留学の現状を、まずは定量的な側面からお話しします。日本の留学状況を示すデータは大きく2種類ありまして、一つ目は「社会人も含めた、高等教育機関への単位を伴う留学人数」です。そしてもう一つは「短期研修やインターンシップ等を含めた大学生の短期留学人数」です。

西川氏は「トビタテ!留学JAPAN日本代表プログラム」発足時から広報・ブランディングを担当。
西川氏は「トビタテ!留学JAPAN日本代表プログラム」発足時から広報・ブランディングを担当。

まずは前者ですが、留学生数の推移を表すOECDの統計データによると、2004年の82,945人をピークに数が下降しています。中国や韓国などの諸外国が大きく数値を伸ばしている中で、日本だけ停滞しているのは、大きな問題です。

しかし後者の「大学生の短期留学等も含めた数字」で見ると、この5年で36,302人から81,219人と、約2.2倍に伸びています。必ずしも、まだ高等教育機関への単位を伴う長期留学の増加に繋がっているとは言い切れないものの、「留学の気運が高まりつつある」ことは確かです。ただ、追い風が吹いてはいるものの、まだまだ足りない。そういった現状だと思います。

その原因は、「留学が単位にならない」という制度の問題や、「休学が就職に不利になる」という考え、そして「経済的な問題」などで、課題は山積みです。学生には「交換留学」という比較的安価な制度もありますが、それには「一定程度の語学力」がネックになる。これらの課題に、私たちは向き合っていかなくてはなりません。

OECDの統計データには日本人の海外留学に対する意識が如実に表れている。
OECDの統計データには日本人の海外留学に対する意識が如実に表れている。

一方、日本の海外留学の現状について定性的な側面から見ますと、まさしく「日本の居心地の良さ」に問題点が集約されると私は思います。ご飯は美味しいし、仲の良い友達もいる。エンタテインメントに困ることもありません。さらに、企業も豊富なので、海外留学しなくてもそれなりに就職することもできる。要するに、必要に迫られにくい日本の居心地の良さが、どうしても留学への意識に歯止めをかけているのではないかと思います。

しかし、重要なのは「今の豊かさはこれからも続くものなのか」ということだと思います。内向き志向で成り立つ仕事が10年後20年後もあるかというと、必ずしもそうではない。このことに気づいてもらえるような啓発活動が必要だと思います。

そのような活動を後押しするため、国費による支援である海外留学支援制度に充てる予算も、平成24年は31億円だったのが、平成28年には68億円に倍増しています。

ただ、国費による支援だけに頼るのでは対応しきれません。そこで、産業界が求める人材を、産業界自らの寄附によって育てるスキームを作ろうということで立ち上がったのが「トビタテ!留学JAPAN」です。そして、そのフラッグシッププロジェクトとして2014年からスタートしているのが「日本代表プログラム」です。

Q.これまでにどのような具体的な成果が上がっていますか?

「トビタテ!留学JAPAN日本代表プログラム」の派遣留学生を、私たちは「トビタテ生」と呼んでいますが、彼らの大きなミッションは2つあります。一つ目は「海外でアンバサダー(大使)として日本の魅力を伝える」ということ。もう一つは「帰国後にエヴァンジェリスト(伝道師)として海外へ飛び出す事の魅力を伝える」ということです。

特に目に見える成果だと思うのは、後者の「エヴァンジェリスト活動」です。例えば、高校生が母校に行って、出張授業を実施したり、大学生が自分の大学で「トビタテ!留学JAPAN」の説明会を自発的に実施したりしています。あるトビタテ生は、豊田通商とトヨタ自動車の人事担当の方をお呼びして、これからのキャリアや留学の価値について考えるトークイベントを開催して、150人の学生を集めました。このようなことが、全国津々浦々で展開されているんです。このように同世代が活躍する姿を見て「自分も留学しようかな」と思う人は結構多いと思います。とても大きな影響力です。

海外留学から帰ってきたトビタテ生の留学成果報告会が毎年開催されている。
海外留学から帰ってきたトビタテ生の留学成果報告会が毎年開催されている。

Q.そのような活動を行うために事務局からアドバイスはされているのでしょうか?

「エヴァンジェリスト活動マニュアル」と呼ばれるものを作成しています。ざっくり言うと、以下のようなことを提案しています。

✔「留学で経験したことをSNSでつぶやきましょう!」
✔「学校のホームページに自分を売り込んで載せてもらいましょう!」
✔「学長に挨拶に行き、帰国を報告しましょう!」
✔「地元メディアに自分を売り込みましょう!」
✔「チラシを配布したり、ポスターを貼れるところを探して掲示できないか交渉しましょう!」
✔「経験を活かして、後輩を啓発するイベントを実施しましょう!」 etc…

これらはごく一部ですが、マニュアルはあくまで参考資料であって、基本的には、お膳立てするのではなく、トビタテ生たちの自主性に任せています。

Q.事前研修は大体どれくらい行われているのでしょうか? 全国に散らばるメンバーが一堂に会するのは難しいのでは?

事前・事後研修は「全員参加(必須)」にしています。大阪と東京の2箇所に拠点を設けて全国から集まれるようにしています。例えば、北海道の人は東京、沖縄の人は大阪、みたいに。全員参加で一泊二日の研修を行います。留学先によって出発時期が違うので、事前研修は何回かに分けて行っています。1回につき、大体50〜150人ほどが参加します。

この一泊二日の研修は、すべて「トビタテ!留学JAPAN」の事務局が担っています。内容としては、グローバルに活動する方々の話を聴いて質疑応答をしたり、「成長のためにはどんな力が必要か」「自分の軸は何か」「まずは日本についてちゃんと勉強していこう」といったようなことを関係者全員でセッションし、深めていきます。

事前研修の様子。プロジェクトディレクターの船橋力さんも積極的に参加されている。
事前研修の様子。プロジェクトディレクターの船橋力さんも積極的に参加されている。

また、この「トビタテ!留学JAPAN」を支援してくださっている支援企業の人事担当者の方や、先輩学生が中に入って、「あなたの計画の中に、もっとこういう要素を取り入れてみたら?」というようなアドバイスも行っています。このプロセスを通じて、留学計画をブラッシュアップし、最後にはプレゼンテーションを行います。一泊二日、徹底的に彼らと向き合って、高い視座を持って進んでいく初期設定を行います。

この事前研修によって、学生同士がより仲良くなり、お互い切磋琢磨できる関係を築いています。留学先では、「もう帰りたい」と挫折しそうになることもあるかと思いますが、そんな時に、友達が頑張っているのを見ると「もう一回挑戦しよう!」と、喰らいつく力が湧き上がってくるんですね。そういった意味で、このトビタテ生たちのコミュニティというのは重要な存在です。

Q.「支援企業」というキーワードが出てきましたが、金銭的な支援以外のサポートでは何がありますか?

「トビタテ!留学JAPAN」の選考は、書類審査と面接審査の2段階に分かれているのですが、支援企業のご担当の方には、書類審査の段階から選考委員としてご参画いただいています。

面接審査では、なかなか見られない光景が見られます。土曜日、日曜日に開催される面接審査には、支援企業のご担当者が100名くらいボランティアで集まってくださいます。社章や社名の入ったペンなどは、学生に社名を伏せるために予め取り外していただいて、ブースにずらっと肩を並べられて、朝から晩まで2日間で約700人を面接されるんです。普段はライバル企業であっても、この場では同じ目的で学生と向き合っていただいています。人事のプロに面接審査を行っていただけるというのは、やはり他にはない魅力です。

また、トビタテ生が海外留学している間のメンターとしても、Skypeなどで、「悩みはないか?」「先日の計画は実行できているか?」などといった進捗チェックもしていただいています。

Q.トビタテ生は、そんな支援企業の存在をどのように見ているのでしょうか? また、その逆は?

トビタテ生たちは、自分達がこれだけの奨学金をもらって留学できることに心から感謝して、何か恩返しをしたいという思いがあるのではないかと思います。一方で、支援企業の人事担当者の方々からは「意欲あふれる学生たちの新鮮な意見に出会える」という話をよく伺います。

学生には様々な夢があり、さまざまな留学計画がある。
学生には様々な夢があり、さまざまな留学計画がある。

どうしても、就職活動時の面接会場という場で若者と話をすると「御社が一番です!」のような話になりがちですが、トビタテ生の場合は、とにかく皆が「自分の将来の夢」や「人生」を語りますので、それらのピュアな気持ちが聞けるというのが、新鮮なのだそうです。夢の数だけトビタテ生の海外留学計画の数があるので、とても刺激になると、嬉しい言葉をいただいています。

Q.今後、トビタテ生の活動をどのように広報展開されていくのでしょうか?

現在、「留学大図鑑」という新しいサービスを構築中です。これから留学したいな、と思っているすべての若者や、留学を応援しようと思っている保護者や先生方がロールモデルを検索できるというサービスです。これまで、留学体験談は様々なところに点在してはいました。ところが、国もバラバラ、留学の目的もそれぞれだったりすることが多いので、理系の人の体験談を文系の人が読んでもピンとこなかったり、その逆だったりというようなことが難点でした。

例えば、法学部、パリ、修士で検索して、該当の人だけ検索できたら、「この人はこういう道を辿ったんだ」「こうやってインターンをやったんだ」と、ピンポイントでロールモデルを見つけられると思うんですね。どなたにも使っていただけるような「留学ロールモデル検索サイト」にしたいと思っています。

Q.最後に、EducationTomorrow読者にメッセージをお願いします。

これからは一つの価値観の中で画一的に物事をこなす、というよりは、ダイバーシティーの中で課題解決をしていく人材が必要だと思います。そうなると、やはり目的意識をもって異文化に飛び込む、というのが一番良いトレーニングになると思うのです。

住み慣れた日本を離れて、できるだけ早いタイミングで海外に行くことの重要性を、若い読者や保護者の方に伝えたいです。もし学校関係者で、そのようなプログラムや制度を策定する立場の方がいらっしゃいましたら、当事者として難題に立ち向かったり、アウェイな経験ができる、タフな環境をぜひ用意してあげてほしいと思います。それらを金銭的に応援するシステムも、「トビタテ!留学JAPAN」をはじめ、大学等でも増えてきていると思いますので、制度の面と資金的な面で、若い人達のチャレンジをサポートしていっていただければと思います。

 


世界で学ぶ学生を増やし、グローバルに活躍する人材を育成するには、その道のりを支援する制度、そして企業の存在がとても重要だ。こういった国家プロジェクトに賛同され、これからの世界を牽引する若者を支援する団体・企業が一つでも多く出てくることを願っている。

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