ラトガーズ州立大学の新たな取り組み
米国の大学の現状についての様々なセッションに参加する中で、日本の入試改革に参考となる興味深い取り組みに触れることができました。「Utilizing Online Tools to Strengthen the K-12 Recruitment Pipeline」という、ラトガーズ州立大学のセッションで、その取り組みと成果を伺うことができました。
ラトガーズ州立大学は、今年で250周年を迎え、医学部を中心に多くの施設を増設している大学です。歴史の深い大学ですが、キャンパスを構えるニュージャージー州には、まだ治安の良くない地域が存在する故に、入学希望者の獲得に課題があるのも事実のようです。
そんな現状を打開するために、先進的な取り組みを実施しています。それは、自身の大学に多くの入学志望者を確保するために、K−12(幼稚園児から高校3年生)の生徒を対象に、大学主催のプログラムやイベントを行い、早い段階から大学との有効なつながりを作る取り組みです。
第一に、キャンパスの外にもリクルートの部署を設け、その地域周辺の対象者のリサーチを始めました。第二に、IT技術を駆使して、その地域のK−12(幼稚園児から高校3年生)の生徒の成績をデータ化し、その地域で学ぶ学生にアプローチし、高校生に対するアドミッションツアーやサマーキャンプはもとより、それ以下の学年の生徒にも声をかけたのです。中には、大学という場所に初めて訪れる生徒も多くいたそうです。
このようなパイプラインを構築することにより、多くの生徒に大学の存在や、ラトガーズで学ぶ意味を知らせていく啓蒙活動に成功しました。そして、ここで構築したパイプラインは、具体的に大学が開催する様々な学びのプログラムへと接続されています。例えば、以下に紹介する「Pre-College Program」がその一つです。
Pre-College Programで活動の場を探す
ラトガーズ州立大学は、「Pre-College Program」というオンラインサイトを立ち上げ、保育園児から高校生までの生徒に向けたプログラムを検索できるようにしています。このサイトでは、キーワードとよばれる興味のある事を書き込み、自分の学年を入力すると、その内容に関する活動のプログラムが紹介されます。
例えば、保育園児のための中国語のプログラムや、植物や昆虫などの自然界に関する幼児向けのプログラム等が出てきます。もちろん学年が上がるにつれて、その内容は幅広くなり、医学や科学の分野まで学ぶ事が出来るプログラムが用意されています。高校生に向けたプログラムでは、「腫瘍学の基礎」を学ぶものや「遺伝子学」を紹介するものなどが用意されています。このようなプログラムには、有料のものだけでなく、無料のものも数多く存在し、開催キャンパスで検索することも可能になっています。
学生のアクティブな学びをさらに加速させるシステム
さらに「My Rutgers Future」というポータルサイトも設けています。生徒が登録をすれば、各分野のイベントや様々な情報を得る事ができるような仕組みも完備しています。このサイトによって、検索したプログラムの申し込みはもちろんのこと、さらに自分の目指す大学の学部とのコミュニケーションやアドバイスを受ける事も可能になります。
そして大学側との円滑なコミュニケーションを図るために、ラトガーズ州立大学のCRM(Customer Relationship Management)のサイト「Simphony」を使い、個人的な質問やその他プログラムや学部に関するあらゆる情報を得ることも可能にしています。気軽にスマートフォン等を使いコミュニケートできるツールです。
このような試みが行われる前提には、2つの視点があると考えられます。
1つ目は、前述の「大学の人材確保の問題」です。日本では、東京大学や京都大学のような国公立大学が名門校とされる傾向が強いようですが、アメリカでは、ハーバード大学やコロンビア大学のような私立大学の方が名門校とみされる場合が多いです(余談ですが、アメリカ人は日本で一番有名な東京大学を、私立校だと勘違いしていることがよくあります)。そのような流れの中で、アメリカの優秀な生徒は、奨学金制度などを使って、ほとんどが私立大学を目指します。
したがってラトガーズのような州立の大学にとっては、人材の確保は特に重要な問題なのです。このようなプログラムを実施することにより、早期に大学での学びの可能性を知らしめ、大学に対する親近感をもたせ、同時に生徒たちにやる気を与えることで、学生が通常よりも早く進路を定めることができるようになり、大学側も有望な人材発掘が可能になる仕組みを目指しています。
2つ目は、教育の持つ社会的な責任です。なかなか教育を受けることのできない貧困層を含むあらゆる学生に、できるだけ早く大学という制度の持つ意味を知らせることは教育を提供する側の責任です。教育の持つ根源的な責任が、こう言ったシステムに反映されていると言えるでしょう。
オバマ大統領をはじめ、各国の要人の言葉にもあるように「教育は財産である」という考え方が広がる現在の状況では、米国の自治体も、大学の可能性を高めるために多くの予算を確保し、費やすようになっています。そして、その大学にとって一番大事なものは、素晴らしい研究所や見かけの良いキャンパス施設ではなく、そこで学ぶ人材こそが最も大事なのだと考え始めていることも浮き彫りになっていると言えるでしょう。
これからも有能なリーダーシップを発揮出来る人材をより早く見つけ育てるために、米国の大学は様々な試みを発展させ継続させていくことでしょう。
◆関連情報:
・課外活動を支援するポータルサイト「World School」
・学生とコミュニケートできるSNS型ポートフォリオ「Feelnote」