すべてGoogleが解決?!英語力をウリにするだけでは生き抜けないグローバル社会

すべてGoogleが解決?!英語力をウリにするだけでは生き抜けないグローバル社会

グローバル人材=英語力……なのか?

技術の進化、文明の進化とともに日本と世界の距離は縮まり、グローバルに物事を考えることがあたりまえとなった。そして、グローバルで活躍する人材に必須のスキルとして挙げられるのが「英語力」だ。たしかに、米国を中心とした先進国社会の共通語として英語は非常に有効であり、役に立つ。とくに、日本から世界に出ていくうえでは、まず「英語」を身に付けることが大事だろう。加えて、日本では「外国語=英語」として教育が行われてきた事実があるため、英語への意識が高い現状がある。

ここで筆者は改めて見直したいことがある。それは、グローバル人材のスキルとして英語を身に付ける目的は何か?ということだ。

コミュニケーションツールとしての語学とは

ここ日本は島国で、また、地域によって方言などがあるものの、国民全員が理解できる最大公約数としての言語は「日本語」である。加えて、江戸時代以降、日本は他の国と比べても識字率は高いと言われている。結果として、コミュニケーションに対して「言語」「言葉」の壁というのを感じぬまま、あたりまえのように日本語を使い、日常を過ぎてきたと言えよう。

その後、さまざまな歴史的出来事を経て、戦後、とくに高度成長期を迎えたあたりからグローバルの意識が高まった。そこで注目を集めたのが、海外とのコミュニケーションを取るためのツールとしての「英語」、すなわち「英語力」である。英語教育についてはここでは深くは触れないが、一般的に義務教育として覚える英語は、基本的な文法や英単語が中心となり、会話、すなわちコミュニケーションツールとしての「英語」への理解は低いように筆者は感じている。

こうした背景から、大学進学以降、場合によっては社会人になってから、コミュニケーションのための英語である「英語力」を身に付けるという流れが、20世紀末から急激に強くなり、また、そのための教育システムやビジネスが急激に広がっている。また、世界を目指すシーンや啓蒙するところでは、異口同音に「英語力を身に付けよう」というメッセージを耳にする。

英会話はもう身に付ける必要がない?!~クラウドを利用した自然言語処理の進化

今、この流れをディスラプション(崩壊させる)技術が急激に進化している。それが、Googleをはじめとした大手ネット企業が提供するクラウド型翻訳サービスである。これらのサービスは「機械学習」と呼ばれる技術を採用していることが多く、ユーザが使えば使うほど、機械が学習し、人間が使う自然言語のあいまいさまでをもカバーできる点だ。ネットを介することにより、物理的な距離や国の壁も越えられ、その利用範囲はまさにグローバルなのである。この記事をご覧の皆さんも試しにGoogle ChromeなどのWebブラウザを使い、英語の記事を翻訳してみてほしい。多少の言い回しでおかしな点があっても、十分理解できる品質なのを実感できるだろう。

先進国のほとんどではネット使用があたりまえとなり、また、世界で見てもネット普及率の増加、さらには、スマートフォン使用率は年々増え続け、2014年末の時点では世界人口72億4,400万人に対し、契約サービスの契約数は74億9,487万件と、ついに対人口比で100%を超えるほどになった(矢野経済研究所調べ)。

この動きから読み取れるのは、機械学習を利用したクラウド型翻訳サービスの利用者は年々増え、その結果、その翻訳サービスの質が高まるということである。さらに、スマートフォンの特徴である「音声入力」が利用できること、これはすなわちキーボードから文字を入力だけではなく、マイクから言葉を入力する(話す)行為そのものが、翻訳サービスの対象領域になることである。

翻訳サービスを使えば使うほど、サービスの質が高まる時代

ここで1つの技術を紹介したい。先月2016年7月21日、Googleはクラウド自然言語API「CLOUD NATURAL LANGUAGE API」の公開ベータ版を発表した。対象言語は英語、スペイン語、日本語である。細かな技術仕様は公式サイトをご覧いただきたいが、このように機能をAPIで提供されることで、言語を軸にしたさまざまなサービスが生まれることが予想される。その中には当然、英会話をはじめとした外国語による会話に関わるもの、教育サービス・ビジネスも含まれてくるだろう。

たとえば、スマホに向かって日本語で会話をすることで、スマホから英語やスペイン語に相当するセンテンスを発信するサービスを提供することも可能なわけだ。手元にスマホさえあれば、そして、自分の母語の能力さえあれば、他の言語を話す人たちとストレスなく会話できる可能性が広がる。

コミュニケーションの本質は言語を覚えることではない

結局のところ、会話をするのは人と人であること。そのための共通なコミュニケーションツールとしての言語があることだ。そして今、言語の部分をテクノロジーがカバーし始めている。

すると人間は何をするべきか。それは会話、そのために自らが言葉を発するスキルが必要なのである。「コグニティブコンピューティングで考える、この先の教育」でも筆者は書いたが、これからの時代、単なる知識だけではなく、「疑問を持つ力、すなわち「質問力」が大切だ」と考える。

テクノロジーがコミュニケーションインターフェースをカバーしてくれるのであれば、グローバル人材になるためには、英会話を学ぶために使っていた時間を、相手のこと、相手の国のこと、当然ながら自分や自分の国のこと、また、その時々のニュース(政治・文化・宗教などから日常的な雑学まで)を学ぶ時間に当てるほうが役に立つはずである。グローバルとはすなわち多様な価値観の集まりなわけだから。

「グローバル人材になるには英語力だ」、こんな言葉をいまだ耳にする。しかし、その「英語力」に含まれるものを、教わる側ではなく、教える側がきちんと理解しているだろうか? テクノロジーの進化はすでに次の時代を迎え入れようとしている。もうまもなく、単なる英語力をウリにできる時代は終わるかもしれない。

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