国内で世界級の大学に通える時代は来るか?

国内で世界級の大学に通える時代は来るか?

昨年、立命館アジア太平洋大学、通称APUがACCSBと呼ばれる国際認証を取得した。APUといえば、日本のグローバル大学のモデルケースとして、安倍総理が視察に訪れたことでも知られる大分・別府にある大学だ。日本ではあまり知られていないが、この国際認証は、一定の基準を満たすビジネススクールのみに与えられるもので、現在のところ、全世界でわずか5%しか取得できていない。この認証を取得するには、大学として育成する人材像を掲げ、その達成のために全授業が一貫した方針、質で行われているか、学生の成長度合いが担保されているかなど、厳しい条件をクリアせねばならず、APUは、そのために8年もの歳月と億単位の費用をかけたという。

そうまでしてAPUが最難関の国際認証にこだわった理由はいったい何なのだろうか? 同大学副学長の横山研治教授に話を聞いた。それは、世界的な人材獲得競争を勝ち抜くための緻密な戦略に基づくものだった。果たして、日本の大学が世界トップクラスの大学の仲間入りをする日は来るのか? APUの国際認証取得にそのヒントを探る。

開学当初から不変のコンセプト「3つの50」

APUには開学当初から変わらない「3つの50」という鉄の掟がある。それは、下記のようなルールだ。

1. 学生の外国人比率を50%以上にキープする
2. 教員の外国人比率を50%以上にキープする
3. 世界50カ国以上から学生を集める

この掟は明確なビジョンに基づいて定められた。それは「大分・別府に世界の縮図をつくる」というものだ。横山教授はAPUの歴史を振り返る。

特殊出生率が1.3となった日本の人口減少は間違いない。したがって日本は、必ず外国の人材を呼びこまなければならなくなる。多文化環境が私たちの日常になるのです。そうなれば、多文化環境で生きる人材の育成は必須。APUはそのための大学として2000年に開学しました。

そのために、半数以上が外国人という環境がどうしても必要だったのだ。そして、多文化、ダイバーシティ環境を標榜するからには、例えば、アジア人学生だけしかいないキャンパスでは不十分だ。そこで、具体的な数値目標として「50カ国」を掲げたのだ。現在、APUは目標を上回る80カ国以上からの留学生が集まるキャンパスとなっている。しかし、世界50カ国以上から学生を募集するのは容易なことではない。APUは、どのようにしてこの状況を実現していったのだろうか? 横山教授は、そこに4つの具体的な戦術があるという。

世界から学生を集めるための4つの戦術

横山教授が語った4つの戦術とは以下のようなものだ。

1. 年2回の入学、クォーター制

日本では3月卒業、4月入学が常識だが、海外は必ずしもそうではない。ニュージーランドは2月、中国は3月、北米は9月など、国が変われば入学時期も千差万別だ。入学時期が4月だけだと、国によっては1年近くも待たなければならず、当然他の大学に行ってしまう。計画は頓挫してしまったが、東大が一時期秋入学を検討していたのも同じ理由からだ。さらに、APUは秋入学だけではない。カリキュラムのクォーター制を敷いているのだ。ほぼすべての授業が四半期ごとに完結し、同じ内容で繰り返されるシステムになっている。したがって、学生はどの時期に入学しても、学習内容に差が出ることはない。

2. 二言語教育

APUでは、すべての授業が日英バイリンガル対応で行なわれている。同じ内容の授業を日本語で、英語でも受けられるようになっているのだ。外国人学生を集めるためには、英語での授業実施は必須だ。さらに日本語でも授業を行うことで、外国人学生にとっては日本語の習得につながる。日本人学生は、まず日本語で授業を受けて内容を掴んでから、英語で再び授業を受けることで内容の理解を深めるとともに、英語力の向上もできる。

3. グローバルリクルーティング

「グローバルリクルーティング」といえば聞こえはいいが、実際には海外のトップスクールを一つ一つ地道に訪問して、校長に営業をかけるという草の根戦略だったという。もう一つのキーポイントがあった。民間企業などからの寄付による40億円のファンドを形成し、優秀な学生への授業料免除を行ったのだ。世界から学生を集めるにあたっては、各国のGDP格差は大きな課題となるが、ファンドの存在によって授業料免除が行えたことで、結果的にGDPレベルに合わせた授業料設定が実現できた。

4. 国際学生寮 AP House

一般的に「寮は儲からない」と言われており、無理をしてまでつくろうとする大学は少ない。そのような中、APUは外国人学生のために1300名規模の国際学生寮を運営している。全く異なる文化圏から来る外国人学生が、見知らぬ土地での生活を覚えるには、どうしても半年から一年はかかってしまう。生活に不安を感じたままでは外国人学生が安心して来日することはできない。ゴミの出し方や買い物の仕方など、挙げればきりはないが、日本での生活の経験値を高めるために、学生寮はなくてはならない存在なのだ。

それでもAPUは「人生最後のディグリー」に選ばれない

しかし、これまで順風満帆というわけではなかった。開学から5年ほどはAPUのコンセプトに共感して、第一志望として入学してくる日本人学生は全体の2割程度に過ぎず、「立命館」というネームバリュー目当てでの入学者が半数を占めていたそうだ。外国人学生の志願者も年を追うごとに減少していった。転機が訪れたのは2005年頃からだという。各国のトップ校からの志願者が増え始めた。理由は実にわかりやすい。APUを卒業した外国人学生が優良日本企業に就職したという口コミが、卒業生の地元で広がったのだ。

大学教育は高額投資。大きな投資をするとき、信頼する人からの口コミは決定打になります。卒業生が大学に満足したか、結果として就職はどうだったか、兄弟や後輩たちが見ているのです。

海外からの志願者数が回復し、グローバル大学としての確固たる地位を日本の中で築き上げているように見えるAPUだが、まだまだ課題はあるという。

意外に思われるかもしれませんが、日本は外国人学生にとって魅力的な学びの場です。ただし、日本で学ぶ価値のある学問に限るという条件付きです。例えば、日本でバイオサイエンスやロボティクスを学びたいという学生は多い。しかし、政治学を学びたいかというとそういうわけではない。ブランディングが重要です。

APUが目指すのは、世界から認知されるマスターレベルの実務家を養成するラーニングユニバーシティというブランディングだ。横山教授は、それを実現するには、解決しなければならない難題があると語る。

外国人学生は少しでも良いディグリー(学位)を取ろうとする傾向がある。就職後数年で会社を辞めて、大学院に入り直すこともざらです。ハーバードのビジネススクールでMBA、イエールのロースクールで博士など、最終学歴こそが重要なのです。その点、APUは彼らの人生最後のディグリーとしては選ばれていないという現実があります。

外国人学生は、APUの4年間の教育や環境に満足して卒業する。ところが、MBAを取るとなると、APUに戻ってくるのではなく、別の大学を選んでしまうというのだ。つまり、APUは、日本国内での戦いでは競争力を発揮しているが、ワールドクラスの戦いには敗れてしまっているということを意味する。

日本の大学がとるべき「シグナリング」戦術

そこでAPUがとった次なる戦術が国際認証AACSBの取得だ。この国際認証を取得した最大の理由は「シグナリング効果を利用するため」だと横山教授は説明する。「シグナリング効果」とは、内容がよくわからないものでも、消費者に特定のシグナルを発信することによって、好印象を持たれやすくすることができるというマーケティング手法だ。

例えば、「モンドセレクション金賞」という表示が付いている食品とそうでない食品では、表示が付いている方が、購買意欲をそそられる人が多いのではないだろうか? 日本の大学は、世界の学生からすれば「よくわからない大学」なのだ。東京大学も、大多数の外国人学生にとっては、「東京にある大学」でしかない。APUはそこを割り切っている。

だからこそ、「世界5%の国際認証ビジネススクール」というブランドは、絶対に必要だったのだ。世界のトップビジネススクールの仲間入りをしているというシグナルを発信できるか否かは、世界的な人材獲得競争においては死活問題と言えるからだ。シグナルを手にしただけではない。前述の通り、認証取得には、世界基準の条件をクリアしなければならない。8年がかりの取り組みの過程で、APUのカリキュラムや、教育の質向上は飛躍的に進んだはずだ。

日本の大学が、実を伴った「グローバル大学」となるためには、各大学がそれぞれの施策を打つと同時に、APUのように「世界から見た日本の大学」を冷静に捉えながら、世界のライバルと同じ土俵に立つことを強く意識すべきだと筆者は考える。そして、そのような大学が増えていけば、国内にいながらワールドクラスの学びを得ることができることになる。学生が海外留学も国内での学びも同じ地平で選択できるような環境の実現を期待したい。

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