SGH甲子園、大学ランキング、そして大学入試改革

SGH甲子園、大学ランキング、そして大学入試改革

「SGH甲子園」という取り組みがあることをご存知だろうか? 日本全国のスーパーグローバルハイスクール(SGH)から学生が集まって研究成果を発表し合う大会だ。

そもそも、SGHは、語学力だけでなく、課題発見・解決力、コミュニケーション能力などを備え、世界で活躍できるリーダーの育成を目指して、文部科学省が重点校を指定する制度で、2014年度から始まっている。

SGHの指定期間は5年間で、年間上限1600万円が国から支給される。2016年度までに123校が指定されており、全国の高校数4,418校(学校基本調査 2016年5月1日)のうち約3%がSGHになっている計算だ。

SGH甲子園は、そのSGHに通う高校生たちが集まる大会として、2017年3月19日に、関西学院大学西宮上ケ原キャンパスで初めて開かれた。国家プロジェクトによるエリート候補生が競い合う「知の甲子園」とも言えるかもしれない。

おもしろいのは、このSGH甲子園が、関西学院大学、大阪大学、大阪教育大学主催で、早稲田大学協力のもと、文部科学省「大学入学者選抜改革推進委託事業」の一環として行われたところだ。はたして、「SGH甲子園」と「大学入試改革」との間に、何の関係があるのだろうか? その意図はいったい何なのか? 実際に現場に赴いて取材した。

SGH甲子園では何が行われているか?

SGH甲子園は、プレゼン部門、ポスター部門、グループディスカッション部門が同時並行で進む。今年の各部門への出場者は84校234チームにのぼり、来場者数は学校関係者を含め2000名を超える大規模なものとなった。

グループディスカッションのテーマは次のようなものだ。

  • 日本が外国人労働力として移民を受け入れるにあたっての課題と解決策
  • 日本の学校を9月入学化することの課題と解決策
  • 日本における選挙権の18歳以上への引き下げについての課題と投票率をあげるための解決策

「外国人労働力としての移民受け入れ」に関するディスカッションでは、はじめにひとりの高校生がこのように切り出した。

「そもそも、“移民”と言った時に、それぞれの持っているイメージが違うかもしれないので、定義を合わせることから始めませんか?」

その後、6名の参加者がお互いにやや遠慮しながらも、建設的に議論を組み上げていく。

言語、生活習慣、文化の違い、ビザや入管制度の問題など、課題を挙げてみたり、議論を進めてみてうまくいかなかったら方向転換してみたり、6名が協力して自分たちなりの解決策を導き出していった。

各参加者が発言の順番待ちをするようなシーンも見受けられ、完璧に自然なコミュニケーションとまではいかなかったかもしれないが、後で参加者に聞いたところ、その日その時間が初対面だったというから無理もない。制限時間が45分間と決められた中で、見ず知らずの人たちと共同発表にまでもっていったのだから、よくまとめたと言えるだろう。

参加者6名で議論して、制限時間内に解決策を導き出して発表した。

「私の学校では、このようなことを繰り返しやっているので、日頃やっていることがそのまま活かされたと思います。」

東京学芸大学附属国際中等教育学校の趙藝媛さんは、このように話してくれた。SGHという制度、そして、現場で行なわれている学びの意義が学生の姿を通じて感じられた。

大学教員が直接高校生を評価

実は、高校生たちがディスカッションする様子を終始見守っていた人物がいる。今回のSGH甲子園を主催する大学の教員たちだ。

議論を見ていた大阪大学の柿澤寿信氏ら3名の教員は、最後の講評として、それぞれ激励の言葉や、改善すべき点、アドバイスを送っていた。

  • 大学生でも難しい課題をよく議論した。
  • せっかく定義を決めたのにその定義が使われなかったと思う。
  • 自分の意見を言えていたのか? もっと建設的な批判ができてもいいのではないか?
  • 話すだけでは見えなかったことが、書き出すことでまとまっていくプロセスを体験できてよかった。

プレゼン部門も同じように、高校生たちのプレゼンに対して、大学教員がフィードバックする構図になっている。つまり、SGH甲子園は、高校生を大学教員が直接見て評価するという取り組みでもあるのだ。

グループディスカッションの最後には大学教員によるフィードバックが行われた。

大学入試はHolistic Reviewにシフトする

2020年大学入試改革は、ひとことで言えば、Holistic Reviewへの転換だ。Holistic Reviewとは、文科省流に言えば「多面的・総合的評価」のことだが、もっと簡単に「まるごと評価」と言い換えても良いだろう。その「まるごと」が何を指すかと言えば、高校時代の「活動すべて」であり、そのプロセスによって形成されたその「人」であり、そして、その人が「何を目指しているか」だ。

テストスコアで学力はわかっても、その人のすべてがわかるわけではない。主体性、協働性等のいわゆる「非認知能力」をどう評価するかは大きな課題となっている。

これらを判断する方法はそう多くはない。その人が過去に何をしてきたかを見る、その人が書いた文章や作ったものを見る、その人に直接会う、などになるだろう。そのことは、企業の入社試験やAO入試が、たいていの場合、この組み合わせで成り立っていることからもわかる。

大学入試改革とSGH甲子園の関係

さて、本記事の冒頭で述べた今回のSGH甲子園の主催大学群が行っている「大学入学者選抜改革推進委託事業」のミッションが何かと言えば、まさにこの「まるごと評価」型の新しい入試モデルを開発することなのだ。

その新しい入試モデルの中身はこうだ。受験生は高校時代の活動歴をポートフォリオにまとめる。ポートフォリオとは「作品集」のことで、学びや活動の「証明書」と考えればいい(詳細は過去記事を参照)。そして、そのポートフォリオを根拠として、志望理由書や学びの計画書を書く。それらをインターネット経由で提出すると、学力試験の得点と合わせて評価されて合否が決まる。

SGH甲子園では最後に各部門の優秀者が発表されたが、プレゼン部門とグループディスカッション部門では、大学教員がルーブリック評価を用いて課題解決力、主体性等を得点化して決めたという。つまり、SGH甲子園は、大学入試改革における新しい評価モデルの開発現場でもあったのだ。

SGH甲子園では、高校生による英語のプレゼンテーションも行われた。
プレゼン部門でも審査員との質疑応答、フィードバックがある。

SGH甲子園に見る大学入試改革の本質

現行の一般入試では、SGH甲子園のように高校生と大学教員が接点を持つことはない。そのため、大学は学生が入学してくるまで、その学生がどんな人物なのかわからないし、学生も大学にどんな教員がいるのかわかっていない場合が多い。

これがもし、ポートフォリオで振り返る、志望理由を確定する、直接対話するなどのプロセスを求める大学入試になれば、おそらく、受験生も大学もお互いをよく知った上で入学が決まるというあるべき状況に変わっていくはずだ。

SGH甲子園では、高校生が大学教員に評価されている一方で、実は、高校生が大学を評価しているとも言える。なぜなら、フィードバックをもらった高校生は、図らずもそのコメントが自分を成長させるものかどうかを知ることになり、大学の教育環境を推し量ることができるからだ。

筆者はSGH甲子園に新しい大学入試のあり方を感じた。新しい大学入試は、高校生と大学との健全なマッチングが行われる方向へと進んでいると言えるだろう。

研究成果を発表するポスターセッションも日英で行われた。

偏差値に変わる新たな大学の格付けの登場

日本企業が世界大学ランキングで有名なTimes Higher Educationと組んで、日本の大学ランキングの提供を始めたことが一部で話題になっている。大学入試が変わることにより、従来の偏差値による大学ランキングが機能しなくなることを見越しての動きだろう。

世界大学ランキングについても賛否が分かれるところではあるが、以前の記事で立命館アジア太平洋大学の横山副学長が指摘されているように、これから世界の学生を集めようとする日本の大学にとっては重要な側面があることは否めない。

しかし、日本国内のランキングを世界の学生が見ることはない。だとすると、このランキングにどんな意味があるのだろうか? 極めて遺憾なことに、もしこうしたランキングが台頭するようになれば、現在進んでいる大学入試改革の本願は妨げられかねない。

上述の通り、新しい大学入試の発想の原点は、学生と大学との健全なマッチングにあるはずだ。ところが、ランキングが一般化するようなことがあれば、多くの学生は無条件で順位を基準に大学を選ぶようになってしまうだろう。本来、見る人が見れば、大学の価値は変わる。自分にとって最適な学びの場は、ランキングで決まるわけではない。

もちろん、悪いことばかりではないかもしれない。ランキングがあることによって、大学側の経営努力が促進され、日本全体の教育環境が底上げされる可能性もある。ただそのためには、格付けの評価項目が適正なものである必要がある。しかしながら、何をもって適正とするかは判断が難しい。いっそのこと、卒業生の一人あたり年間寄付金額でランキングを作ったらいいのではないかと思う。卒業生がその大学で学んで成功しているか、大学への感謝があるか、といったことがわかりやすく表れて、大学の教育力を示す数値になるのではないだろうか。

大学入試改革はどこに向かっていくのか? これから2020年まで、ますます変化の速度は上がっていくことが予想される中で、本流を見失うことなく着実に歩を進めていくことが求められる。

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