竹中平蔵氏、安西祐一郎氏、有志により発足 「教育改革推進協議会」は何をもたらすか?

竹中平蔵氏、安西祐一郎氏、有志により発足 「教育改革推進協議会」は何をもたらすか?

7月13日、文部科学省から「高大接続改革の実施方針等の策定について」が公表され、目下のところ、大学入試センター試験に代わる新テスト「大学入学共通テスト」の動向や、英語4技能を評価するための民間試験の活用といった内容に大きな注目が集まっている。

その少し前の7月1日、慶應義塾大名誉教授の竹中平蔵氏が代表を務める「教育改革推進協議会」が発足した。発会式ともなる第1回は、日本学術振興会理事長で中央教育審議会会長の安西祐一郎氏も出席の上、日本全国から高校、大学、教育関係企業のトップ約30名が集まって行われた。

教育改革の方針が明らかになる一方で、いまだ実現性に懐疑的な見方も多い。そのような中、「教育改革推進協議会」は、どのような目的で、何を行っていこうとしているのだろうか。第1回協議会の内容からレポートする。

マルチステークホルダーによる教育改革

教育改革推進協議会の発会にあたり、竹中代表はこのように語った。

「教育を改革しなければならないということは皆わかっています。そして、それぞれにそれなりの役割があります。政府は政府で重要です。中教審では安西先生が頑張ってくださっています。そして、学校や民間教育の現場が大事です。しかし、そういった垣根を越えて、マルチステークホルダー、つまり、いろんな立場の人が集まる場というのは、考えてみると意外にない。私も、安西先生も、よく一緒にダボス会議に出席しますが、ダボス会議でも、政府も、企業も、NPOも、学者も集まる。今日の集まりというのは、まさにそういう場になっている。マルチステークホルダーで教育改革を推進しようというのが、この協議会の趣旨です。そういう意味で、今日は皆さんと新しい社会的ムーブメントを起こす、そのスタートになるという思いで、私も安西先生もここに立っています。」

社会的な変革は、政府の政策だけで決まるものではない。社会の様々な立場にある組織や個人が、変革のプロセスに参加し、協力し、それぞれの役割を果たすことが不可欠となる。そして、このような課題解決の鍵を握る組織や個人を「ステークホルダー」と呼び、多様なステークホルダーが対等な立場で参加し、協働して課題解決にあたる合意形成の枠組みのことを「マルチステークホルダー・プロセス」と呼ぶという。

教育改革推進協議会は、まさにこの「マルチステークホルダー・プロセス」を実践しようという取り組みだ。考えてみれば、幕末から明治維新にかけて薩長に象徴されるような複雑な利害関係を持つ諸政治勢力が肩を組んだように、大規模な教育改革を実現するにあたっては、利害関係を超えた協力こそが何よりの力となるはずだ。

利害関係を超えて何を行っていくか?

では、実際にどのようなことを行っていこうというのだろうか。今回の協議会では、そのひとつの取り組みとして、教育ビッグデータの収集と利活用が掲げられた。

近頃、教育界では「非認知能力」というキーワードがよく使われるようになった。これは、意欲やリーダーシップや創造性といった、学力テストや偏差値では測定することができないような力のことで、この力こそが、社会的、経済的な成功を左右するとも言われている。

ところが、この力をどう鍛えるかについては、確立された方法論があるわけではない。また、入試改革の流れにおいては、この非認知能力をどう評価するかが重要視されている。なぜなら、よく言われている通り、知識の多寡や、テストスコアだけが本人の全てではないからだ。

実は、非認知能力を鍛える教育がないわけではない。それこそ、マルチステークホルダーが、それぞれの現場で実践している教育の中で、知らず知らずのうちに培われているはずだ。問題は、ほとんどの場合、その養成の過程が明らかになっていないことだ。この状態では、新しい時代に合った教育モデルを形作るまでには至らない。

また、大学入試において、この非認知能力を評価することもそう簡単ではない。なにしろ、現在のところ、非認知能力を測るテストは存在しない。面接や志望理由書を通じた志願者の言葉から一定のことはわかるかもしれないが、果たしてそれだけを根拠として良いかは悩ましい。

そこでひとつの評価対象として大学入試で取り入れられているのが「ポートフォリオ」だ。ポートフォリオとは、アーティストが自分の作品集をつくるように、学び手が自身の様々な活動経験をまとめて人に伝える媒体のことで、現在、東京大学の推薦入試や京都大学の特色入試をはじめとするAO・推薦入試での評価が始まっており、入試改革の策定方針の中でも活用が言明されている。

そして、協議会では、日本アクティブラーニング協会の理事長で、同協議会の共同代表となっている相川秀希氏から、このポートフォリオというプラットフォームによる教育ビッグデータの収集と利活用について提言された。

相川共同代表は、プラットフォームのひとつとして、自社が手がけるSNS型eポートフォリオ Feelnoteを例に挙げて説明した。SNSを活用することによって、成果や結果だけでなく、学びや活動のプロセスをログとして残すことができ、学生と教員、学生同士の関わりすらもデータ化される。このようなビッグデータを活用することで、例えば、非認知能力を鍛える教育モデルを浮かび上がらせたり、より実証的な根拠に基づいた教育活動が可能になったりするかもしれない。

エビデンスと第4次産業革命と教育改革

「私のゼミの卒業生に中室牧子さんがいます。『学力の経済学』というとても面白い本を書いた人ですが、彼女とこんなことを話したことがあります。」

竹中代表はこう続けた。

「経済財政諮問会議で教育について議論したシーンがありました。これは議事録にも残っているんですが、ある人が、“私の経験によれば、学校教育というのはこういうものだ”と言った。次に、ある大臣が、“私のしっている教育関係者の話によるとこうだ”と言った。そして、ある経営者が“私の会社の教育の例について話すとこうだ”と言った。これらは全部、個人のエピソードです。エビデンスは何もない。私たちはマルチステークホルダーでチャレンジするとともに、エビデンスをしっかり集めて、そして社会を説得して、社会の制度を変えていかなければならない。」

そして、第4次産業革命の中で日本が置かれている状況についても、このように触れた。

「ここ5年くらいの間に、急激な変化が起こっていることを私たちは認識しなければならない。第4次産業革命と呼ばれる変化です。ドイツ政府が、Industry 4.0をいう言葉を2011年に初めて使いました。その翌年、気がつけば、アメリカとイギリスは、ビッグデータを整備するための仕組みを作り始めました。ところが、日本で第4次産業革命という言葉が閣議決定された成長戦略の中に出てきたのは2016年、去年のことでした。仕方ない側面もあります。2011年に東日本大震災が起きました。2012年に政権交代でデフレ克服のための新しい準備をしなければなりませんでした。しかし、このような状況には危機感を持つべきだと思います。」

ポートフォリオは大学入試の評価対象として機能するのか?

協議会ではiPadを使って参加者へのアンケート調査も行い、その場で出た結果を受けて竹中代表、安西氏、相川共同代表、参加者全員によるディスカッションも行われた。

行われたアンケートの中にはこのような質問があった。

将来、ポートフォリオが、大学入試のひとつの評価対象として機能すると思いますか?

そして、この質問の結果は、全参加者33名中、YESが31名、NOが2名となった。NOと回答した参加者の意見はこうだ。

「個人的にはポートフォリオを活用すべきだと思うが、それを評価する人財の問題がある。一部の大学にはできても、全国の大学にそれができるようになるのか。そのためのチームを作れるのか、それだけの余裕があるのかについては疑問がある。」

これに対し、安西祐一郎氏はこのように語った。

「ポートフォリオを評価する側が大変だというのはその通り。評価する側に経験がない。けれども経験を始めなければ、いつまでたってもできるようにはならない。これは是非この協議会が先頭に立って進めていただきたい。いろいろなところで話をすると、だいたい皆さんから、新しいセンター入試はどうなるんですか?と聞かれます。質問というとこの類のものですが、どうなるか、ではなく、自分で作ればいい。改革は、マルチステークホルダー、これからの時代を作っていきたいという人たちが、一緒になって、力を合わせてやるものです。」


教育改革推進協議会の第2回は来年2月に予定されている。また、次回に向けた取り組みとして、分科会となる「教育ポートフォリオ研究会」が行われる。研究会では、ポートフォリオの実践的活用と実証実験を行い、次回の協議会で経過報告を行う予定だ。

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