広尾学園が「ポートフォリオ教育」を行う理由

広尾学園が「ポートフォリオ教育」を行う理由

2016年度から鳴り物入りで始まった東京大学の推薦入試では、1つの学校から男子1人、女子1人、計2人までしか合格者を出さないという決まりがある。初年度はどの学校も、その上限となる2名の合格者を出すことはなかったが、広尾学園は、昨年その前例を打ち破り、唯一男女1名ずつの合格者を輩出した。しかも2人の合格者は、ともに同校の「医進・サイエンスコース」の出身者だ。

広尾学園は、東京・南麻布にある中高一貫校。2006年まで順心女子学園という女子校として運営されていたが、2007年から共学に切り替え、学校名も変更して改革を進め、いまや超人気校として誰もが知るところとなった。中学受験者数も日本トップレベルで、過去6年連続で増加している。

医進・サイエンスコースでは、ドラフトチャンバーやクリーンベンチなど、本格的な研究設備が揃えられており、あの京都大学の山中伸弥教授からiPS細胞を譲り受けて培養するなど、最先端の環境で、生徒一人ひとりが、まだ誰もやったことのない独自のテーマを設定して自主研究を行っている。

その広尾学園 医進・サイエンスコースが、最近になって新たに取り組んでいることがある。それが「ポートフォリオ教育」だ。この「ポートフォリオ教育」とはいったい何なのか。同校はなぜそれを行うのか。医進・サイエンスコースの堀内陽介教諭、吉江勝仁教諭に話を伺った。

ポートフォリオは偏差値に代わる新しい評価手法

「ポートフォリオ」は、多くの人にとって耳慣れない言葉だろう。しかし、いま教育界では、この「ポートフォリオ」が注目を集めている。株式投資で「ポートフォリオを組む」と言ったりするが、それとは違う。

デザイナーや建築家などがつくる作品集のことを「ポートフォリオ」と呼ぶが、教育界でいうポートフォリオは、この意味でのポートフォリオだ。アーティストの実力は、テストの点で示すことはできない。自分がつくった作品を写真に撮ったり、作品コンセプトを言葉で表現したりして、ファイルなどにまとめて見せる。

これまでの教育では、生徒の学習度合や成長を測るために、定期的にテストを行って、点数や偏差値を出すという方法がとられてきた。ところが、社会では、テストでは測定できない範囲の力も求められる。当然ながら、偏差値がいくら高くても、実社会で活躍できるとは限らないのだ。

また、テスト勉強だけが学校生活ではない。文化祭や修学旅行などの学校行事、生徒個人としても、大学のプログラムに参加してみたり、課外活動に取り組んでみたりと、様々に有意義な活動を行っている。そして、それらの活動経験の中でこそ、大学や社会で活きる力が育まれているケースも多い。

そこで、多様な経験をあるがままに表現できるポートフォリオの活用が、教育現場で進められようとしている。ポートフォリオによって、生徒を全人的に評価できる可能性があるのだ。

広尾学園のポートフォリオ教育とは

今、広尾学園の医進・サイエンスコースでは、SNS型eポートフォリオFeelnoteを使ってポートフォリオ教育を行っている。どのような目的で、具体的には何をやっているのだろうか。堀内教諭はこのように話す。

定期テストにしても大学入試にしても、一回の試験問題を解けるかどうかだけで、その生徒を本当に評価できるかというと、そんなに上手くはできていない。本当は、生徒をトータルに“文脈”の中で評価しなければいけないと思うんです。

各生徒が進めている自主研究についても同じだという。

研究をポスターや論文などの成果物だけで評価すると、成果が出た生徒しか評価できないことになります。それだと、成果の出る研究しかやらなくなるかもしれない。ポートフォリオは、文脈で生徒をとらえることができる手段のひとつなので、ポートフォリオをつくる意味はここにあると思います。

前述の通り、同校の東大推薦の合格者は全国で唯一の男女各1名だが、実はこの2名の生徒は、コンテストでの入賞経験など、華々しい受賞歴をいくつも持っているわけではなかったという。つまり、どちらの生徒も、研究の成果や実績だけではなく、プロセスを表現して合格を勝ち取ったということだ。

この事実は、広尾学園の教育環境をよく表している。生徒一人ひとりが独創的な研究を進めていくのだから、前例がないので教員はその答えを教えることはできない。教員は、前年の指導経験をなぞることはできず、結果を予想できない研究に共に挑んでいるイメージに近いかもしれない。MIT Media Labが提唱する「After Internet時代の9原則」の中に“Learning over education.(教育よりも学び)”という言葉があるが、まさにそのような環境がつくられていると言えるだろう。

広尾学園 医進・サイエンスコースの堀内陽介教諭

東大推薦入試は何を評価しているか?

同校が東大推薦入試で2名の合格者を輩出したという事実から、もうひとつわかることがある。東京大学が、受賞歴などの目に見える活動実績ばかりではなく、研究に対する日常的な取り組みを評価し、生徒の可能性に光をあてる入試を行っているということだ。

「知識偏重から多面的・総合的評価へ」を合言葉に入試改革が進む中で、東京大学の推薦入試は、その象徴ととらえる見方もある。このような入試がさらに広がっていけば、一人ひとりの学びや活動と成長のプロセスを可視化するポートフォリオの活用はますます重要になってくるだろう。

京都大学でも2016年度入試から「特色入試」が導入された。特に教育学部の特色入試では、ポートフォリオを添付する「学びの報告書」と、将来の計画や見通しを示した「学びの設計書」が提出書類として指定されており、京大でもすでにポートフォリオを評価する入試が始まっている。

京大が特色入試を実施する目的について、「京都大学高等教育研究第22号(2016)」は次のように説明している。

  • 入試改革をばねとした高校及び大学の教育改革を行うため
  • 入試教科の高い学力だけでなく、幅広い学習に裏づけられた総合的な能力・意欲・適性・志を多面的に評価する大学入学者選抜をめざすため
  • 高校・大学の7年間にわたるトータルな人間形成の仕組みづくりをめざすため

医進・サイエンスコースではこの入試でもやはり合格者を出している。そして、このような流れは、「大学に合格するために勉強する」という風潮を生み出した従来の大学入試のあり方から、「やりたいことのための学びや行動」が結果として合格につながるという本来の大学入試のあり方への回帰を意味しているとも言えるかもしれない。

新しい時代のeポートフォリオ

では、このような背景がある中で、広尾学園は、どのようにeポートフォリオを活用しようと考えているのだろうか。吉江教諭は、プロセスにおけるログをありのまま残すことが重要だと話す。

広尾学園 医進・サイエンスコースの吉江勝仁教諭
人生において、自分のやってきたことを振り返る瞬間はいくつかあると思います。ただ、その振り返りの時に、イメージや記憶だけに頼っていると、その時の精神状態とか、生活環境によっても、何を感じるかが変わる。だから、その瞬間に感じたことや、思ったことが、写真などと一緒に残っていることには価値があります。自分が経験したことがありのまま残っていて、それを忘れていた自分が思い出せるというのはとても重要だと思います。

同校が活用しているeポートフォリオは「SNS型」だ。だからこそのおもしろさがあり、同時に課題も見えてきたという。

生徒が公開している記録は教員も見られるので反応もできる。実際に会っていなくても会話しているような感覚があるし、話だけで聞くよりもリアリティがある。投稿のコメントで生徒同志が互いに励まし合ったりしていて、おそらく普段だったらないようなコミュニケーションが生まれていると思います。一方で、何をどのように投稿するべきか、その投稿をどの範囲で共有すべきかの判断で足踏みしてしまっている生徒もいることは課題だと思います。

そこで、活用の度合いを高めていくために、生徒同志で集まって活用法を考えるなどのアイデアもあがっている。また、このような経験は、SNSが溢れる時代において、正しい振る舞いを学ぶことにもつながるかもしれない。様々な側面から、広尾学園の今後の取り組みに注目したい。

日々の活動ログをポートフォリオにまとめる
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