「ドラマ」が生み出す、新しい教室。

「ドラマ」が生み出す、新しい教室。

[設問]  以下に掲げるのは、ある政治思想家が書いた、19世紀イギリスの二人の思想家ジョン・スチュアート・ミルとジェームズ・フィツジェームズ・スティーヴンとの架空の対話の一部です。ここにあなたが加わっているとして、次にあなたがどのような発言をするか、400字程度で述べてください。文体は必ずしも話し言葉にする必要はありません。

 
突然何かと思われたかもしれないが、これは、今年、慶應義塾大学法学部のFIT入試(B方式)の2次試験で実際に出題された大学入試問題だ。このあとミルとフィッツジェームズは、人間の内在的な個性と多様性について、白熱した議論を繰り広げてゆく。対話のテーマが、イギリス国民の「画一性」の問題にまで展開したところで、受験生は400字の発言(解答)を求められるのだ。2012年8月28日に、文部科学省の中央教育審議会から出された答申の中で「能動的学習(アクティブラーニング)」という言葉が使われてから、この言葉も随分と浸透してきたが、このような入試問題を目の当たりにすると、まさに入試そのものがアクティブラーニング化していると断言できる。

この問題の特徴は、「架空のドラマ」の中に自分が入り込み、登場人物の一人として意見を述べるという点だ。高い文章力や論理的な思考力はもちろんのこと、ストーリーを咀嚼し、話されているテーマに対して真正面から向き合う力がないと、なかなか太刀打ちできない。このような問題を解く力を鍛えるのは容易なことではない。答えが一つに定まらないが故に、従来型の「偏差値」に頼って学びを深めるわけにもいかない。そのような中、一つのソリューションとして、ドラマづくりのプロフェッショナルである、あの「日本テレビ」が、新しい学びの形を提案している。その名も「みんなのドラマ」だ。今回筆者は、日テレの教育プロジェクトである「日テレEdu」の、開発担当チームを直接取材した。

ドラマチックに学ぶ、あっという間の50分

この「みんなのドラマ」は、学校現場などで運営することのできるキット型のアクティブラーニングプログラムだ。運営に必要なコンテンツは全て揃っている。大まかな進行はこうだ。オリジナルに制作された「ドラマ」を視聴し始めると、学習者はそのストーリーの中で「トラブル」や「解決するべき問題」に遭遇することになる。そのことをきっかけに、問題を解決に導くためのディスカッションがスタートし、グループで一丸となって答えを導き出していく。ドラマを見て、考えて、話し合って・・・そしてまた考えて、話し合う。とてもリズミカルに進行する、あっという間の50分間だ。(推奨実施時間は45〜50分間)

さすがは日テレ、番組制作のノウハウを存分に活かして作り込まれたコンテンツは、まるでバラエティ番組の「再現VTR」を観ているかのようだ。テレビ番組でも実際に耳にする心地よいナレーションがドラマの要点を分かりやすく補助し、人気アナウンサーの出演によって、学習者を釘付けにしていく。ドラマによって学習者の能動的なマインドを自然と育んでいる点が、まさにアクティブラーニングだ。

用意されているドラマは現在すでに30本ほどある。それぞれ多様なテーマにわたっていて、観ていて飽きがこない。実際に見せていただいたのは以下のようなストーリーのドラマだった。

全国駅伝で優勝することを夢見て大学の駅伝部に入部した4人の青年。期待に満ちて入部したものの、なんと部員は全員退部していて、やる気をなくした監督だけが残っているという有り様。そんな中、4人が困難を乗り越えて部を再生し、改めて駅伝部が全国大会を目指す。

 

どこの学校にでも起こりそうなリアルな話題だからこそ、学習者も物語の中に入り込みやすいのだろう。

ドラマで身につける「4つの力」とは?

このプログラムを監修されているのは、慶應義塾大学の前野隆司教授。前野教授の研究分野でもある「ポジティブ心理学」によれば、ポジティブな脳(幸福感を得ている状態)は、ネガティブな脳やストレス下の脳よりもよりよく機能し、知能・創造性・活力が高くなるのだそうだ。前者の脳の状態の方が、物事を思考したり、仕事を行ったりすることに圧倒的に向いているということなのだ。この科学的に裏付けられた「幸福感を感じる4つの因子」をベースに、以下のような4つの力を可視化できるようにプログラムされている。

  1. 「情熱」の力
  2. 「創意」の力
  3. 「共感」の力
  4. 「茶目っ気」の力

プログラムを進行する中で、学習者はこの「4つの力」のうち、自分自身がどの力に長けているのかを把握することができる。発言内容に沿って、学習者は4色のおしゃれなチップを獲得していくため、どの力が自分の強みなのかを目で見て意識できるのだ。開発担当者の大澤氏は次のように語っている。

大澤氏「一人の学生が、この4つの力を全て持ち合わせている必要はないんです。自分自身の強みが何なのかを知ることで、子供たちは自信を得ることができるんです。」

大澤氏とタッグを組んでこの「みんなのドラマ」の設計に携わる中村氏は、もともと大人気大衆番組「笑点」の統括プロデュースを担当した、番組制作のプロフェッショナルだ。「巧いことを言った人に座布団が渡る」というシンプルかつ斬新なルール性は、この「みんなのドラマ」にも息づいている。発言によってチップが配られるというルールは、座布団の原理そのものだ。

この「4つの力」は、「フィードバックシート」という形で、学生に返却することも可能だ。プログラムに没入している時は客観的に自分自身を見つめにくいが、シートによって自分自身の力が可視化されると、メタの視点から自身を見つめ直すことができる。筆者はこれまでに多くのAO・推薦受験生のメンタリングを担当してきたが、「自分の適性を自分で認識する」ということは、進路を発見する上で最も大切なことだ。

こういったフィードバックシートは学習者にとってはもちろん、運営する教員にとってもありがたいツールとなるはずだ。例えば、「クラス替えを行う際に、どういった力に長けている学生同士を同じクラスに編成したらよいか」など、学生の資質や適性のバランスを考えてグループ分けを行うことが可能になるだろう。

新しい「道徳」の形をつくる

さらに、この教材を学校の「道徳」で活用できるよう、新学習指導要領の「道徳科」に示されている22の内容項目(以下参照)に準拠してドラマの種類を構成している。

新学習指導要領 「道徳科」の内容項目
[01] 自主・自律・自由と責任  [02] 節度・節制  [03] 向上心・個性の伸長
[04] 希望と勇気・克己と強い意志   [05] 真理の探究・創造   [06] 思いやり・感謝
[07] 礼儀   [08] 友情・信頼    [09] 相互理解・寛容   [10] 遵法精神・公徳心
[11] 公正・公平・社会正義   [12] 社会参画・公共の精神   [13] 勤労
[14] 家族愛・家庭生活の充実  [15] よりよい学校生活・集団生活の充実
[16] 郷土の伝統と文化の尊重・郷土を愛する態度
[17] 我が国の伝統と文化の尊重・国を愛する態度
[18] 国際理解・国際貢献   [19] 生命の尊さ   [20] 自然愛護   [21] 感動・畏敬の念
[22] よりよく生きる喜び

 

こういった、学校現場に取り入れやすい教材づくりの工夫は、「そのまま授業で実践できる!」という感覚になりやすく、先生方にとってはありがたい。

大澤氏 「老若男女を問わず愛される教材でありたい。」

このように大澤氏は語っているが、開発担当チームは、今後「低学年層」や「社会人」などにも積極的にこのプログラムを展開していきたいという構想を持っている。より多くの階層で活用され始めると、ますます注目度が高まっていくことになるだろう。

ドラマを使った新しい教育が、学習者の人生のドラマを創っていくことに、新たな可能性を感じる。

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