「脱ガラパゴス」の教育環境の実現に向けて

「脱ガラパゴス」の教育環境の実現に向けて

大学入試への「英語民間試験の活用」は2020年に向けた我が国の教育改革の要の一つとされている。そのような中、今年2月17日に日本経済新聞、2月21日に朝日新聞が相次いで、「国立大学協会が英語民間試験の配点割合を英語全体の1割弱にするガイドライン案をまとめた」と報道した。

これに対し、当の国立大学協会はすぐさまHP上で公式コメントを発表し、「報道されているような配点案を出している事実はない」との見解を示した上で、遺憾の意を表明した。

国立大学協会が2月21日に出した文書には次のようなコメントが掲載されている。

今回の入試改革については、国民の関心も高く、国立大学協会としては様々な意見を聞きながら、改革の趣旨が実現されるよう国立大学としての具体的な対応の在り方について慎重に検討を進めているところであり、誤った情報により関係者に不安や混乱を招くことのないようにする必要があると考えている。

実際、各紙の報道が出た当初、現場では「結局何も変わらないのか」、「何のための改革なのかわからない」といった落胆の声が多くあがっていたように見受けられる。

さて、この騒動からあらためて考えたい最も重要な点は、まさに「改革の趣旨」が実現されるか否かだ。そもそも、改革の原点的な趣旨とは何だったのだろうか。

教育改革の原点的な趣旨とは

現在進行している「高大接続改革実行プラン」は、中央教育審議会が2014年にとりまとめた答申「新しい時代にふさわしい高大接続の実現に向けた高等学校教育、大学教育、大学入学者選抜の一体的改革について」を元に策定されている。

この提言の中には、次のような一節がある。

生産年齢人口の急減、労働生産性の低迷、グローバル化・多極化の荒波に挟まれた厳しい時代を迎えている我が国においても、世の中の流れは大人が予想するよりもはるかに早く、将来は職業の在り方も様変わりしている可能性が高い。そうした変化の中で、これまでと同じ教育を続けているだけでは、これからの時代に通用する力を子供たちに育むことはできない。
この厳しい時代を乗り越え、子供や孫の世代に至る国民と我が国が、希望に満ちた未来を歩めるようにするため、国は、新たな時代を見据えた教育改革を「待ったなし」で進めなければならない。

これからの教育は、グローバル化、多極化の時代を生きる子供達に必要な力を身につけさせるものでなければならないという。大前提となっているのは、日本独自のドメスティックな考え方ではなく、世界の中での日本として何をすべきか、というグローバルな視点に立った考え方だ。

言い換えると、グローバルスタンダードに照らして、日本の教育を再考し改革しようというのが、その趣旨だったということになる。

世界の大学における英語試験

だからこそ、大学入試における英語試験も、これまでの「受験英語」では世界で通用しないので、「書く」・「話す」を含めることが必須と考えられた。それにあたっては、新たなテストを開発するだけでなく、既存の民間試験をうまく活用することも検討していこうというのが議論の出発点だった。

誤報によって生まれた現場の不安や混乱の元は、まさにここにある。言語や文化が異なる人々とのコミュニケーションを目的としたときに、現状の英語試験では不十分だから、民間試験を活用するという話だったにもかかわらず、その配点割合が1割弱だとしたら本末転倒ではないかという話だ。

ちなみに、世界の大学がどのような試験で受験者の英語力を測っているかで言えば、ご存知の通り、TOEFLかIELTSかの二択になっている。その他の試験では、評価対象にならないことが多い。良い悪いではなく、現実問題としてそうなっているのだ。これは、自学に迎え入れる学生が国際語としての英語を使って学び、生活するのに十分な力があるのかを判断する上で、信頼できるテストがこの2つだということに他ならない。

英語圏ではない日本の大学が同じようにする必要があるかどうかは、見解がわかれるところだと思うが、「公平性」という名の下に、様々な民間試験が認められていくという日本にありがちな流れは、世界基準で考えれば、特殊ケースだと言えるだろう。

また、実は、世界的に見ると、大学入試を大学・学部別に筆記試験で行なっている国は日本だけだ。海外大学では、基礎学力や英語力の判断材料としては、共通テストのスコアを提出させるだけで済ませることが多い。

なぜなのか、ジョンズ・ホプキンス大学のアドミッションオフィサーに聞いてみたことがある。

テストでわかる能力は、一定以上の水準に達していれば、100点だろうが80点だろうが大差はないので、それを見極めるのに時間をかけるくらいなら、もっと違う観点から一人ひとりを見ていきたい。

これが基本的なスタンスだった。逆に、日本の入試制度の現状を説明すると、驚きのあまり目をまるくしていたのをよく覚えている。ここでも良し悪しの議論は置いておくとして、世界の中で日本だけが、独自の制度で入試を行っているというのは事実なのだ。

ガラパゴス vs グローバル

もしこのまま変わらないとしたら何が起こるのか。線路幅の異なる鉄道路線同士が相互乗り入れをすることをできないのと同じように、規格の違いは現実的な制約につながる。ひとつには、日本人は海外に進学しづらい、外国人は日本に留学しづらいという状況が続くだろう。

一方、周りの国々ではどんどん世界標準で物事が動いていくとする。日本の未来を担う人財たちは、孤立した環境で育たなければならないことになる。まさにガラパゴス化だ。そのような中でグローバル人財になれ、イノベーションをうみ出せと言われてもかなり無理がある。

そこで、教育改革構想では、日本の入試の方針転換が示された。全ての入試方式で「活動報告書」を提出させ、大学側が受験生を多面的・総合的に評価しようという流れをつくるという。日本も入試評価において、世界の主流であるHolistic Approach(総合的評価)を採用しようというのだ。

この構想はいま形になりつつある。JAPAN e-Portfolioだ。国の委託事業で構築された多面的・総合的評価のためのシステムで、約80の大学がこれを活用して入試を行っていくことを検討しているという。

JAPAN e-Portfolioの根底にあるビジョンは、間違いなく「改革の趣旨」と一致している。しかし、ここでもやはり、最も肝心なことは、実際に形となったシステムが、グローバルスタンダードに敵うものなのか否かだ。グローバルで戦えるものになっているならば全力で進め、そうなっていないのなら、検証を重ねていかなければならない。線路がまだ敷かれてない状態だからこそ、どのような規格の線路を敷くかは重要だ。

これまでの一般入試では、マークシートによって一度に大量の受験生データをさばいてきた。そのボリュームに対応できるしくみにしなければならないということで、ある程度の効率化は必要となるだろう。ただ、受験生の数で言えば、諸外国の入試でも同じはずだ。ハーバードは毎年3万人以上、スタンフォードは毎年4万人以上のアプリケーションを受け取っているが、それでも、それこそポートフォリオやエッセイによって評価を行うことをやめないのはなぜなのだろうか。

英語試験の先行きもさることながら、このHolistic Approachの実現がどのように成し遂げられるかは、我が国の未来を左右する最重要事項だと言える。

脱ガラパゴスの改革実現に向けて

2月17日に「脱ガラパゴス」を掲げて、教育改革推進協議会と呼ばれる取り組みが行われた。そこには、教育改革構想を描いた中教審の当時の座長で日本学術振興会理事長の安西祐一郎氏、慶應義塾大学名誉教授の竹中平蔵氏のほか、全国の教育関係者が集まった。

教育改革推進協議会は、竹中平蔵氏と日本アクティブラーニング協会の相川秀希理事長を共同代表として、安西祐一郎氏の立ち会いのもと、2017年に発足した。

当日は、新たなプロジェクトの立ち上げが発表された。「Feelnote」というeポートフォリオを学校に無償提供することによって、ポートフォリオを活用した教育の推進をはかるとともに、成果や結果だけでなく学びと成長のプロセスを大学入試の評価対象にしようという実行プランだ。このeポートフォリオは、前述のJAPAN e-Portfolioとの出願タイミングでの連携を予定しているほか、すでに世界の大学が活用している入試プラットフォーム「Universal College Application」との接続を実現している。

この取り組みは、2018年4月から、全国の学校約30校との協働によって、実証研究を繰り返しながら行われていく。大学側も、海外大学のほか、日本の大学の参加も予定されている。有志の力で日本の教育の世界標準化を目指す試みだと言い換えることができるかもしれない。

昨年、民泊新法が成立したことは記憶に新しい。Airbnbの日本法人の設立は 2014年なので、わずか3年のうちに状況が変わったことになる。シェアリングエコノミーのプラットフォームが敷かれたことで、国の制度がどうあれ、現実に利用者同士がつながっていった。これが原動力となって実現した変化だ。このようなことは、インターネットが登場する以前は考えられなかったことかもしれない。

それでは、受験生と大学のアドミッションオフィサーが直接つながる手段を得られたとしたらどうなるだろうか。これまで壊すことのできなかった既得権益や既成概念の壁を飛び越えることができるかもしれない。教育改革推進協議会で共有されたプロジェクトは、これを目指して行われるものだ。

様々な情報が交錯する中で、本質を見失ってしまいがちだが、このようなときにこそ、原点に立ち返り、とるべき行動をとることが求められるだろう。少なくとも、これからの時代をつくる日本の人財たちが、制度の限界、ガラパゴス型の教育環境に足を引っ張られるようなことがあってはならない。

竹中氏は同2月に行われた世界経済フォーラム(ダボス会議)の最新情報をもとに、世界の動きと逆行する日本の状況への危機感を共有した。
安西氏は「精神論だけでは改革を実現することはできない。具体的な行動と緻密な検証の繰り返しが必要」と激励した。

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