EducationTomorrowでは、これまでも日本国内の学生が海外に向けて羽ばたくための情報を多数お届けしてきた。今回は視点を変えて、外国の学生たちが日本に来る、いわゆる“インバウンド”の視点からの海外からの留学生にフォーカスし、留学生の受け入れ体制とIT教育についてお届けする。
今回は、東京情報大学 総合情報学部 松下孝太郎教授、横浜国立大学 教育学部 山本光准教授の両名にインタビューを実施し、実際の大学ではどのように留学生を受けているのか、現状と課題、そして、これからの取り組み・可能性について伺った。
日本に来る外国人留学生の現状
松下:
文部科学省は10年前、2008年に「留学生30万人計画」を発表しました。これは、日本への留学生の受け入れを、2020年を目途に30万人までに増やすことを目的とした計画です。発表した当時の留学生数は14万人、2017年で27万人まで増えています。この数字を見る限り、計画は順調に進んでいるように思います。

また、この間、日本では少子高齢化が進み、生産人口が大幅に減っている状況で、これからもその傾向は続くでしょう。
こうした状況から、日本企業は日本人の学生だけではなく、海外からの留学生を新入社員としてさらに積極的に採用していくと思われます。
留学生自身も、大学や学校機関で卒業・修了するだけではなく、そのまま日本で生活をし続けたいという希望の学生が増えていると感じます。
山本:
横浜という土地柄もあるのでしょうが、外国人留学生は年々増えています。現在、就学している学生のうち、約1割が外国人留学生です。
松下:
私も同じですね。山本先生の大学も私ども大学も東京の周辺という立地があるため、(ほかの日本国内の地域と比較しても)外国人留学生が来やすい場所と言えます。実際、10年前の30万人計画が発表されて以降、毎年に常に一定数の留学生が来ており、その出身地も多彩です。
山本:
数だけの話だけではなく、たとえば、横浜国立大学のキャンパス内の大学生協にハラル(イスラム法上、食べることが許される食材・料理)コーナーができました。このように、迎え入れる側が相手のことを理解する動きが出てきたことも、大きな状況変化の1つです。
松下:
そうですね。単に言葉の壁だけではなく、お互いの国の文化・宗教・生活・政治など、大学側もそれらを理解することがますます必要になってくると感じています。

外国人留学生たちの目的、求めているモノ
山本:
その前に、まず、日本に来る留学生を分類すると大きく2つの層に分けられます。
1つは、学部の先、大学院修士・博士課程までを想定しているケース、もう1つは学部で卒業するケースです。
前者の場合、外国語として日本語だけではなく、論文執筆のための英語を選ぶ学生も多くいます。後者は日本語を選ぶ学生がほとんどです。これはそれぞれの目的による違いと言えます。
しかし、いずれの場合でも、日本語学校を経由して大学に来るため、日常的な日本語が話せる状態で入学することがほとんどです。これは、留学生の受入試験で日本語の能力を重要指標とすることも1つの理由です。
この中でも、私費留学生は日本語を苦にしていない学生がほとんどですね。N1(日本語能力試験の最も難しいランク)をパスしている学生がいることもあります。私費留学ができる経済状況の家庭で育った学生は、日本のアニメを観たり漫画を読んだりなど、日本の文化にあらかじめ触れる機会を持てているからかもしれません。
松下:
山本先生が説明されたように、大学に関しては、留学生はある程度一定以上の日本語の能力を持っていたうえで入学してくる場合が多いです。
実際に留学生たちが日本の大学を選ぶ理由としては「日本に関してさらに知りたい・勉強したい」「(とくに他アジアから見て)日本で学ぶことに意義を感じる」「母国に戻ったときに日本との橋渡しを武器として就職したい」「日本の企業に就職したい」といったものが挙げられます。
とくに後者2つ、就職を理由に日本の大学・学校を選んで留学してくる外国人留学生は年々増えていますね。

就職のキッカケとしての、日本への留学
松下:
先ほど、外国人留学生の多くは日常的な日本語が話せると説明がありましたが、いざ、就職となった場合、また違った問題が出てきます。
それは日本特有の業務スタイル、そして、ここ最近の業務のIT化・ICT化です。これは就職に限った話ではなく、大学の授業にも当てはまりますが、パソコンのスキルは年々重要になります。最近では、スマートフォンである程度の作業はできると言っても、ドキュメント制作や表計算などはパソコンでの領域です。
加えて、日本の企業の多くではMicrosoft Word/Excelでつくったドキュメントの利用シーンが非常に多くあります。
そこで、私たちは留学生に向けたMicrosoft Word/Excelの入門書を執筆しました。
留学生のためのかんたんWord入門
楳村麻里子、松下孝太郎、津木裕子、平井智子、山本光、両澤敦子 著(技術評論社)
留学生のためのかんたんExcel入門
楳村麻里子、松下孝太郎、津木裕子、平井智子、山本光、両澤敦子 著(技術評論社)
山本:
日本語が理解できれば、日本の解説書でも代用できるかというと、実はそうではありません。まず、日本語ができる留学生の多くは、日本語ができる=日本語が話せる・聞き取れる場合がほとんどで、読み書きができないのです。そのため、日本語の解説書では、一段ハードルが上がってしまうのですね。
さらに、日本語のドキュメントを作成するには、ひらがな・カタカナ・漢字の理解が必要なうえに、ローマ字入力・かな入力いずれの場合でも、キーボード操作は日本特有のものになります。
そういった点もふまえて、今回の書籍発行に至りました。
松下:
少し宣伝をさせていただきましたが(笑)、これから外国人留学生を向かい入れ、さらに、その先の日本国内企業への就職を考えると、日本語でのITスキル・ITリテラシー教育というのを、(留学生向けの)日本語教育とは別に考えなければなりませんね。
これからの日本の教育現場が考えるべきこと
松下:
これから、外国人留学生はますます増えると予想します。そうすると、個々人の差が広がり、多様性も大きくなるでしょう。加えて、学生間の学力差が大きくなると考えられます。教育する側としては、どこを平均値として中間をつくるか、誰に向けて教えるのか、そういった点を今まで以上に意識していかなければなりませんね。
山本:
多様性が増えることにもつながりますが、日本を含めた国ごとの文化の違い・生活の違いというのを、教員たちも考えなければなりません。また、国という括りだけではなく、学生自身が育ってきた環境への配慮も必要でしょう。たとえば、中国と国で1つに括っても、中国のどの地域の出身なのか、家族の職業は何かといった点での違いもあるわけですから。
松下:
そして、いずれにしてもIT教育ですね。今、日本では日本の学生に向けたプログラミング教育に注目が集まっています。この状況が進むことは好ましいですが、一方で、小学校からプログラミング教育を受け、学んできた学生が、中学、高校、大学と進むと、学び方のスタイルが変わります。たとえば、ノートではなく、パソコンであり、スマホのカメラです。
親子でかんたん スクラッチプログラミングの図鑑
松下孝太郎、山本光 著(技術評論社)
ですから、私たち教員の立場も、これからは一緒に学んでいく必要があると考えています。教育のグローバル化というのは、世界に向けて、あるいは、世界を受け入れる体制づくりのために、教育に関わる人すべてが、これからも学び続けていくことを意味するのかもしれませんね。
「留学生30万人計画」骨子の策定について
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/20/07/08080109.htm
インタビュイー略歴 | |
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松下 孝太郎 (まつした こうたろう) |
神奈川県横浜市生。 横浜国立大学大学院工学研究科人工環境システム学専攻博士後期課程修了 博士(工学) 現在,(学)東京農業大学 東京情報大学 総合情報学部 教授 画像処理,コンピュータグラフィックス,教育工学等の研究に従事。教育面では,子どもやシニアを対象とした情報教育にも注力しており,サイエンスライターとしても執筆活動および講演活動を行っている。 |
山本 光 (やまもと こう) |
神奈川県横須賀市生。 横浜国立大学大学院環境情報学府情報メディア環境学専攻博士後期課程満期退学 現在,横浜国立大学教育学部 准教授 数学教育学,離散数学,教育工学等の研究に従事。教育面では,教員養成や著作権教育にも注力しており,サイエンスライターとしても執筆活動および講演活動を行っている。 |