高校の新科目「探究」を知っていますか? 学校現場の実践例から中身に迫る

高校の新科目「探究」を知っていますか? 学校現場の実践例から中身に迫る

2019年度入学の高校1年生から「探究」という名の科目に取り組むことになるのをご存知だろうか? 学習指導要領の改訂によって、これまで「総合的な学習の時間」として実施されてきた科目が「総合的な探究の時間」に変更される。「学習」が「探究」に置き換わるだけで「どちらでも変わらないのでは?」と思う人もいそうだが、わざわざこうする意味は何なのだろうか。まずは経緯を振り返ってみる。

「総合的な学習の時間」が探究重視になったワケ

そもそも「総合的な学習の時間」という名称が登場したのは今から20年ほど前のことだ。1998年の教育課程審議会でその創設が提言された。新設の目的としては次の2点が挙げられている。

  • 各学校が創意工夫を生かした特色ある教育活動を行えるような時間を確保するため
  • 社会の変化に対応できる資質や能力を育成するため、教科を超えた横断的・総合的な学習を推進するため

つまり、「総合的な学習の時間」は、既存の枠組みにとらわれない自由度の高い時間で、教科学習で身につける力と実社会で求められる力との橋渡しをする役割を担う時間とも言える。これを受けて、2000年以降、小中高のそれぞれで段階的に取り入れられるようになっていった。

その後、2009年の学習指導要領の改訂では、その目標は次のように記述された。

横断的・総合的な学習や探究的な学習を通して、自ら課題を見付け、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、よりよく問題を解決する資質や能力を育成するとともに、学び方やものの考え方を身に付け、問題の解決や探究活動に主体的、創造的、協同的に取り組む態度を育て、自己の生き方を考えることができるようにする。

ここで表れた「探究的な学習」というキーワードが、今回の改訂では前面に出される形となっている。「総合的な学習の時間」は、ある意味では何をやっても良い自由な時間として設定されたが、徐々に「探究」の方向へと内容を規定されていく経緯があったことがわかる。

このような流れを後押しした調査結果がある。探究的な学習に取り組んでいる生徒ほど、学力が上がるというのだ。探究的な学習は一般的に次のようなプロセスで進められるが、2015年の「全国学力・学習状況調査」によると、こうした活動を行っている生徒は、国語や数学など各教科の正答率が高いという分析が得られたという。

  1. 課題の設定
  2. 情報の収集
  3. 整理・分析
  4. まとめ・表現
総合的な学習の時間に積極的に取り組んでいる児童・生徒ほど教科の平均正答率が高い。(文部科学省「総合的な学習の時間の成果と課題について」掲載のグラフを再編)

その一方で、「学校ごとの取組状況にばらつきがある」、「探究プロセスにおいて、3と4の取組が十分でない」などの課題も確認された。要するに、「探究」の価値が認められつつも、従来の「総合的な学習の時間」の枠組みではその実施に不十分な点があったという見解が、今回の改訂における「探究」中心の科目設定を導いている。

先行事例に見る「探究」の実際

それでは、現在の学校現場の実際の状況はどうなのか。現場では探究はどのように行われ、どのような成果に結びついているのだろうか。兵庫県芦屋市にある甲南高等学校・中学校を取材した。

甲南高等学校・中学校は、昨年12月15日に「甲南グローバルリサーチ・フェア」という研究発表会を実施した。今年が初開催となるこの会には、「グローバル・スタディ・プログラム」という同校独自の教育課程を受ける中3から高2までの全生徒が参加した。

高2はSDGs*(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)に関連した自由なテーマでの個人研究のプレゼンテーション、高1は「防災・災害復興」という共通テーマの中で個々に設定した課題をポスター発表、中3は先輩たちの姿を見学する。生徒たちは発表後も研究を続け、最終的には論文を完成させるという。

生徒たちの研究テーマは実に多岐にわたっている。タイトルを見るだけでも非常にユニークだ。

  • 企業誘致がもたらす様々な影響 〜シャープの亀山工場から学ぶ〜
  • 安全なまちづくりにおける防犯環境設計の研究
  • ハードドラッグとソフトドラッグの違い 〜なぜ海外では大麻の合法化が進んでいるのか〜
  • 映像時代にメディア教育が生み出すものとは
  • 日本の中古電車は途上国に貢献できているのか
  • 仮想通貨の成り立ちとその有用性
  • 若年会社員に対し、定期的にカウンセリングをすることはうつや自殺の予防になるのか
  • テレビ業界は本当に衰退しているのか

たとえば、「企業誘致がもたらす様々な影響」をテーマとして選んだ生徒は、企業誘致の失敗例として取りざたされることの多いシャープの亀山工場について調べ、それだけでなく、亀山市を訪れて市役所職員から話を聞いたともいう。すると、多くの報道ではシャープが撤退したことに起因して同市がゴーストタウン化してしまったと伝えられていたが、商店街の状況は撤退前後で変化があったわけではなく、そこに因果関係は認められなかったと発表していた。

メディアからの情報を鵜呑みにせず、フィールドワークに繰り出して自分の目で確かめに行く。教科書に書かれていることから知識を得るような、天井のある勉強とは明らかに異なる学びが展開されている。「探究」は一人ひとりが独自のテーマを持つ研究者になることを意味している。これにより、学校内にいくつかの変化がもたらされている。

各教室にわかれてさまざまなテーマの研究発表が行われた。

生徒の声から「探究」の意義を考える

甲南中高の事例から、「探究」とは何か、またその意義や効果についてあらためて考えてみたい。

1. やらされる勉強から「やりたいこと」のための勉強へ

「探究」では、生徒たちは自ら課題を設定してリサーチを進めていく。自分の興味・関心が中心になるので、誰かに与えられたことをただ消化するような勉強にはならない。テーマを掘り下げていく中で、たとえば、歴史的事実の確認や海外の類似事例の調査など、自ら進んで学びの領域を広げ、深めていくことになる。自分の「やりたいこと」が真ん中にあるので、この勉強が苦になっている様子はない。実際、生徒たちの話を聞くと探究することは「おもしろい」「楽しい」といった声が多かった。

また、このような研究テーマはいっときのものではない。方向性の合った大学・学部に進学すれば、入学後も一貫して続けることができる。これは偏差値による大学選びではない本来的な意味での進路選択を推進するという意味でも価値があると考えられる。

しかし、誰もが始めから「やりたいこと」を持っているわけではないはずだ。テーマを決めるのに苦労するようなことはないのだろうか。実は、この点も一つの変化につながっていると考えられる。

2. 日常生活の中でさまざまことに関心を向ける習慣

この学校の生徒たちの多くは、テーマを決めるのに「さほど時間はかからなかった」と答えた。とはいえ、中にはしばらくの間、「課題設定ができずに悩んでしまった」という生徒もいた。この生徒は、テーマがなかなか決まらないため、「いろんなことにアンテナをはるようになった」そうだ。ニュースを見たり、新聞に目を通したりするようにもなったが、最終的には、学校の政経の授業でたまたま習った内容に「これだ」と思ったという。

おそらく、意識していなければ通り過ぎていたに違いない。その意味では、この生徒の日常の過ごし方や学びに向かう姿勢を変えたとも言えるだろう。

3. 生徒の数だけ探究があるという相乗効果

探究における課題設定は個別的なものなので、実に多様なテーマの研究が行われることになる。生徒全員がそれぞれ独自の得意分野を持つことになるので、研究を進めていくうちにその分野の知見は学校内の誰よりも詳しくなっていく。甲南グローバルリサーチ・フェアには、立命館大学や甲南大学から大学の教員も参加していたが、「発表を聞いて初めて知った」事実があったというコメントも出たほどだ。

一人の研究発表を聴くことで、他の生徒たちは新たな知に触れることができ、それだけでもこれまでにない学びを得ることができる。一人ひとりの探究がいっそう充実していけば、たとえば「仮想通貨のことなら〇〇くんに聞こう」など、生徒同士の学び合いを促進していくかもしれない。決められたことを教わるという従来の学校の枠組みを超えて、学びの可能性を大きく広げていくことになる。

リサーチフェアには大学教員も参加し、生徒の発表にフィードバックを行った。

授業運営はどうすれば良いのか

一方、探究を推進すればするほど、ありとあらゆる方向性の研究が行われることになるので、教員は知識を教えることはできなくなる。甲南中高では、リサーチの進め方や発表のまとめ方等については指導が行われているが、研究プロセスにおいては、教員は「先生」ではなく「アドバイザー」の役割を担っているという。

生徒は「グローバルリサーチ」という週一回の授業に研究の進捗状況を持ち寄る。そこで生徒たちは教員から、「論証の根拠が薄い」「問題の解決策が提示されていない」などといった個別のフィードバックを受けるそうだ。教員は知識を与える立場ではなく、研究の伴走者に徹している。ここで知識を押し付けるようなことをすれば、研究の個性が失われることにもなりかねない。しかし、独りよがりの研究でも意味がない。この点、教員の生徒への関わり方は非常に重要だと言えるだろう。

甲南中高のように、「総合的な探究の時間」が施行される前から探究を行っている学校は他にもあるが、まだ少数だ。2019年からはこのような取組が全国に広がっていくことになる。その価値は大きいが、各学校ではどのような「探究」の時間を設定するかの舵取りが求められる。生徒が問いを立てるためのサポート、課題研究の基本的なメソッド、教員の関わり方等について考えていく必要があるだろう。

*SDGs:国連開発計画が世界から極度の貧困を撲滅するために2000年に定めたMDGs(Millennium Development Goals:ミレニアム開発目標)が一定の成果を上げたことから、その後継として、「貧困」のほか、「平和構築」や「気候変動と災害」などの世界的な課題を解決するために再設定された17の目標。

 

参考資料:

 

関連記事:

本記事で取材した甲南中高の1年後の成果をまとめた記事です。

「探究」推進校からAO・推薦入試の合格者が続出する理由

(Visited 38,302 times, 3 visits today)

Related Post

Other Articles by 石川 成樹