視覚障害者がタブレットの教科書を使いたいと思う意外な理由~ICT活用の現場から④

視覚障害者がタブレットの教科書を使いたいと思う意外な理由~ICT活用の現場から④

視覚・聴覚障害のある人たちやその家族、関係者の多くは、スマートフォンやタブレットの使い方についてまずは「どう生活に活かせるか」「どんな機能を使えば障害の不便さをカバーできるか」といった、生活に密着した活用方法を知りたいという方が多い。

逆に言えば、IT機器を「学習に活用したい」という目的を最初からもっている人は少ないかもしれない。

考えてみれば当然で、障害があること、もしくは中途で障害を負うことで日常生活に不便を感じる頻度や程度は増える。

当事者や周囲の人にしてみれば、学習する以前にまずは生活の体制を整える必要があるわけで、「ITをどう活用すれば障害をカバーしつつ今の生活をより快適にできるか」が最初の目標となることが多い。

一方、中途で目の障害を患いながらも「タブレットを学校の勉強に活用できる方法を知りたい」と私に訪ねてきた方もいる。

今回はある視覚障害の方が、タブレットを自身の学習に活用したいと相談に来た事例をもとに、意外に見落とされがちなアナログ教材の盲点について取り上げたい。

相談に来た弱視の男性

それは数年前、視覚障害のある人向けにiPadの使い方について紹介する相談会を行ったときのこと。募集を見てやってきたのは弱視という30代くらいの男性だった。

相談会では、日によっては一人で大人数に講習を行うこともあるが、この日は一対一のマンツーマンになったので、まずは男性の話を聞き、彼が聞きたいことに対して順次応えていくことにした。

男性によると自身の障害は中途の弱視だそうで、視力がだいぶ下がっているがまだいくらかは見えているとのこと。

当時は青森県内の盲学校に通っており、国家資格を取得するために勉強していると話してくれた。盲学校へは自宅から電車などを乗り継いで通っているらしい。

男性が住む市から盲学校へ電車で通学した場合をGoogleマップでシミュレートしてみたところ、片道で早ければ1時間半、遅ければ3時間ほど。通学だけで毎日3~6時間もかかる長い道のりだ。

ちなみに男性は、白状(視覚障害のある人が歩行時に使う杖)を使わず会場にやってきたと記憶している。弱視ということでまったく目が見えないというわけではなく、ぼんやりとだが視力は残っているようだった。

このように障害には人によって個人差があり、介助が必要な場合もあれば、ほとんどのことは自分でできる場合もある。

この男性も車の運転は難しくても、電車など公共の交通機関を一人で利用することは問題ないようだった。

彼から主に相談されたのは「教科書をタブレットに入れて持ち歩けないか」というものだった。

紙の教科書よりもタブレットを選びたかった理由


 
理由を聞くと、先の通学の話と合わせてなるほどと納得。以下が彼の説明だ。

「盲学校の教科書はとにかく重いんです。視力が低くても読みやすいように、普通の教科書の何倍も文字が大きいぶん、ページ数も増える。当然それだけ教科書も分厚く重くなります」

当然教科書は一冊だけではない。それに加えて国家資格を勉強している彼には、必要となる教科書や資料の数も多くなり、それだけ持ち歩く教材の数が積み重なる。

まして前述の通り、通学に長時間かかる環境では教材を持ち歩くだけで疲れてしまい、勉強の前に疲れ果ててしまうことは容易に想像できた。

余談だが弱視の場合は文字の大きな教科書が用意されているが、全盲の場合は点字の教科書を使用することになる。そしてこの点字も前者とおなじくページ数は膨大だ。

点字は基本的にひらがな表記(漢字の点字もあるが多くはひらがなの点字が使用されている)で書かれることが多いため、漢字仮名交じりの教科書よりも必然的にページ数がかさみ、重さも増す。

視覚障害のある人が学習する上でネックになる点は、文字の読みやすさ等もさることながら、こうした「教材の重さ」にあることも多いのだ。

iPadなどのタブレット端末は年々薄型化・軽量化が進んでいる。相談を受けた当時のiPadはまだ第3世代くらいの頃だったと思うので、現在の最新型に比べれば重いが、それでも教材の山と比べれば圧巻の軽さだ。

おまけに(iPadの容量にもよるが)教科書をデジタル化してすべてiPadに取り込めれば一台で済むため、厚みも劇的に圧縮できる。

そして想像のつく方も多いと思うが、タブレットに取り込んだ教科書の紙面は拡大表示したり、色味を変えるなど当事者が見やすい状態に変更して表示することが可能だ。

教科書の文章を音声で読み上げるとなると、ただ教科書をスキャンして取り込むだけでは難しい場合もあるが、これに対応するための音声読み上げアプリなども増えており、多様なニーズに応えやすい環境も整いつつある。

「万能」よりも「選択肢」

もちろん紙には紙のよさもあるだろうし、読書好きなら理解できる人もいるだろうが「電子書籍は読んでても頭に入ってこない。本はやっぱり紙じゃないとダメ」という場合もある。決してタブレット型の教科書が万能だと言うつもりはない。

それでも学習をする上で不便を感じている人が、その不便を解消もしくは代替する手段があるということを知っておくだけでも状況は変わってくるだろう。まして障害のある人であれば、その悩みは周囲が思っているよりも深刻な場合がある。

デジタル一辺倒で物を考えていると、アナログの「重さ」がネックになることには意外と気づきにくい。相手の話をよく聞いて、その中に隠れている本当の課題を見つけてあげることが大切だ。

その上で最終的に当事者がどれを選ぶのかという「選択肢」を複数用意してあげることができれば、当事者は自分で希望する方法を試すことができる。選んだ方がダメでもまた別の方法を試すこともできる。

完璧な答えはなくても、試行錯誤するなかで得られる発見や機能は、当事者の学習に大きな可能性を与えてくれると思う。

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