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オンライン教育・ICT機器導入整備の最前線~渋谷区教育委員会インタビュー

新型コロナウイルス感染拡大防止のため、現在多くの業種が、出社・外出する従来の働き方から、在宅・リモートワークを取り入れた働き方へ、切り替えが進んでいる。

このリモートワーク推進の動きは教育機関も例外ではなく、従来の対面・紙ベースによる指導スタイルから、オンライン授業・デジタル教材の配信など、ICT教育体制構築の必要性が高まっている。

5月6日には緊急事態宣言も解除される予定だが、解除日が延期される可能性が高く(5月1日時点)、解除後にも感染拡大の第2波、第3波が発生する恐れもあり、今後もオンラインでの遠隔授業が可能なICT教育環境の整備・環境を続けることは非常に重要だろう。

※追記(2020年5月4日、緊急事態宣言の2020年5月31日までの延長が発表された)

先日の記事「中学プログラミング教育講座先進例~ミクシィ展開「テカステ」レポート&現場教員インタビュー」で、教育現場へのタブレット端末、オンラインコミュニケーションツール「コラボノート」の導入など、早い段階からICT教育環境の整備を推進してきた渋谷区教育委員会に、自治体として現在できる対策として何かヒントを引き出せないか、オンラインインタビューを行った。

現在の社会状況に対応しようと奔走する多くの教育機関にとって参考となるよう、渋谷区での先進的な取り組みを報告したい。

渋谷区教育委員会が取り組むICT教育環境整備

筆者は4月21日に、渋谷区教育委員会の大塚和男氏、山口信忠氏にオンラインインタビューを行った。

左:山口信忠氏、右:大塚和男氏(渋谷区教育委員会)4月21日撮影
――まず渋谷区がICT教育環境の整備を積極的に推進している背景や理由をお教えください。

大塚氏:
渋谷区の長谷部健現区長が2015年の当選後から、渋谷区長期基本計画2017-2026において「ICTを活用した教育環境の強化」を掲げ、2017年には、10年間を見通した「渋谷区実施計画 2017」の中で、児童・生徒1人ひとりに1台のタブレット端末を配備することを公表しました。
このような整備計画を推進するため、私たちは渋谷区のICT教育環境の整備に努めています。

自治体として、心掛けている教育現場へのサポート

――現在、新型コロナウイルス感染拡大防止もあり、教育環境のオンライン化やそれに伴うICT機器導入の必要性が高まっていると思われます。渋谷区は以前からICT教育推進に熱心に取り組まれていますが、現在の社会状況下において、自治体として、教育現場へのサポートについて意識されていることはありますか?

大塚氏:
ICT教育環境整備に限った話ではないかもしれませんが、何よりも意識して重要視しているのは「子どもたちの学びを止めないこと」です。
休校中の現在は、子どもたちへ教科書を配ったり、先生から子どもへお便りを出したりしていますが、このやり取りにICT機器を活用することで、子どもの学びを止めないサポートができると考えています。

山口氏:
現在、子どもとの連絡手段は、メールと、各学校のホームページを閲覧するよう周知しています。
ちょうど年度更新のタイミングだったので、各校児童・生徒のメールアドレス切り替えなどで準備に時間は要しましたが、今は連絡事項がある際、メールでお知らせしたり、そのメール中に学校のホームページ閲覧を促したりしています。

ICT機器導入推進で感じられた課題やメリット

――ICT機器導入を推進している際に、感じられた課題やメリットなどはありましたか?

大塚氏:
課題としては、先生によってはICT機器の取り扱いに得意、不得意がある点が挙げられます。
教育現場へのICT機器導入型を始めた頃は、渋谷区内でも、ICT機器の使用度合に学校間の差が生じていました。
黒板とチョークを使用した、従来の教育スタイルで充実した授業を展開できるベテラン教師の方にとっては、ICT機器をわざわざ導入する必要性が感じられず、なかなか授業で使用されない学校もあった、という事実があります。
ただ、渋谷区全校の先生たちのご協力の下、昨年2019年11月8日には「渋谷タブレットの日」という、当区が実践・研究してきた内容を公開授業として全国に発信するイベントを開催できました。
このような全国的なイベントを開催できたのも、教育におけるタブレットというICT機器の優位性を実感する現場の先生たちが増えてきたからだと考えています。

山口氏:
メリットとしては、子どもたちへわかりやすく説明するために例示を出したり、子どもが提出した作品でよいものをピックアップして全員の前でフィードバックをあげたりなど、以前はそれだけで時間がかかっていた作業が、ICT機器を導入すれば、端末上の映像や写真を見せるだけで済ませられるので、作業時間を大幅に短縮できることがあります。
ICT機器導入は時間短縮の効果が大きいので、短縮することで捻出できた余剰時間で、子ども自身に考えてもらう時間や子ども同士が話し合う時間に充てることができます。

大塚氏:
私も以前、教壇に立っていました。
当時は、授業が始まる前の朝の時間にWordで作成した文書を子どもの人数分印刷したり、放課後には教材の手配をしたり、授業の事前準備に多くの時間を割いていました。
しかし、このような事前準備の作業は、今のICT機器を活用して子どもたちへPDFの資料として配信すれば、一瞬で済ませることができます。
ICT機器を活用することで、やろうとしていた同じ目的がすぐにこなせるのです。
さまざまな作業時間の短縮ができ、結果的により質の高い授業を行えるようになることがICT機器導入の特長だと考えています。

オンライン化が難しい科目へのサポートは?

――ICT機器導入はメリットも多いと思いますが、体育や音楽、理科の実験など、オンライン化やICT機器導入が難しい科目もあると思います。これらの科目に対するICT機器を用いたサポートについてはどうお考えですか?

大塚氏:
本区ではICT機器導入を推進してきましたが、すべての科目で、オンライン化したりICT機器を導入したりすることに適しているとは思っていません。
ICT機器は、「課題を提示したり、お互いの意見を交換したりする場面」では大きな効力を発揮します。
しかし、体育や音楽などの科目ではICT機器を使うよりも実際にやってみる時間の確保が大事で、ICT機器を活用できる場面はあるかもしれませんが、あくまで教える先生の授業の組み方に依ると思います。
また、小学生1年生の初めて漢字の書き取りを行うような場面では、最初からペンタブレットを使用するのは字の書き方の学習には向いていないでしょう。
ペンタブレットで学習することを否定するわけではありません。
現在はオンラインでも使用できる、漢字の書き取り用の良質なペンタブレットアプリもあります。
しかし、経験上、小1で初めて字を書いて覚えようとするような場面では、鉛筆とノートを使用した方が適しているのではないかと思います。
ICT機器は便利ですが使用する場面を勘案して、どのタイミングで取り入れるのが最適なのか?現場の先生たちが使いながらスキルを身に付けることが重要だと考えています。

山口氏:
ただ、現状は新型コロナ禍の影響で休校中ということもあり本区に着任したばかりの先生方は、スキル蓄積が難しい、という面は正直あります。

現在進めてられているデジタル化・オンライン化の事例

――仕方ない状況ですが、非常に残念です。現在でも進められている、教材のデジタル化やオンライン化などの事例はありますか?

大塚氏:
ある小学校の取り組みでは、学校のホームページ上で、DirectCloud-BOXというクラウドツールのファイル共有機能を使用して、ファイルでワークシートにまとめられた課題がアップされています。
子どもたちはアップされた課題を、自分の紙のノートに書き込み、書き込んだ内容をタブレット端末で写真撮影します。
子どもは、撮影した写真をWebブラウザで操作しながら、学校のホームページ上にアップして、データのやり取りを行っています。
メッセージ機能については、学習アプリ「スタディサプリ」を使用して、子どもとの連絡をとっている先生もいます。

山口氏:
ただし、データ上のやり取りは現在のシステムでもできますが、Microsoft Teamsなどのテレワークツールを使用した「リアルタイムでの顔を映し合うのやり取り」は、まだ現状ではできません。
なぜかというと、現状のシステムが作られたのは平成29年度の間で、現在のようなオンラインでのやり取りを想定していなかったためです。
次期システムではインターネット経由で、リアルタイムでの顔を映した先生と子ども間のやり取りができないか検討しています。

大塚氏:
顔を映したオンラインでのやり取りにおいては、セキュリティへの意識が重要になると考えています。
セキュリティ対策の考えの基になっているのは、渋谷区個人情報保護条例で、個人に関する情報を、人権上に配慮しながら取り扱うことを意識しなければなりません。
個人情報がシステム外部に漏れないようにすることは、子どもを守るためにも必須です。
また、リアルタイムで映像のやり取りをするとなると、著作権や肖像権など法律面の取り扱い(※)や、情報モラル教育への配慮・対応も非常に重要です。

※編集注:4月28日に施行された改正著作権法だが、教材には、文章と写真それぞれ別の著作権者が版権を有することがよくあり、それぞれの版権について綿密な事前確認を行う必要がある。詳しくは一般社団法人授業目的公衆送信補償金等管理協会 SARTRAS文化庁からのリリースを参照のこと。

EdTech企業との連携、そしてコロナショックの影響

――多くの企業がEdTechへの投資を強化する中、渋谷区が検討している協力体制やプロジェクトなどがあればお聞かせください。

大塚氏:
プログラミング教育推進事業Kids VALLEYや、S-SAP協定などがあります。
S-SAP協定は、プログラミングに限らず幅広い分野において、渋谷区に所在している企業様と技術提携をする取り組みです。

山口氏:
今年度中にも、さまざまな企業とプロジェクトを行う予定ではありましたが、現在の新型コロナ禍により、開催の目途がたっていない状況です。
先日記事にしていただいたミクシィ様のプログラミング教育などの事業も、Microsoft Teamsを使用したオンライン授業ができないか、検討してはいるところです。

大塚氏:
予定としては、6月から渋谷区内のすべての小学校へ、Kids VALLEYで提携した(東京急行電鉄株式会社、株式会社サイバーエージェント、株式会社ディー・エヌ・エー、GMOインターネット株式会社、株式会社ミクシィ)から、技術者の方を派遣していただき、プログラミング教育事業を展開するつもりでした。
また、中学校では来年度から、以前の記事で紹介されたような鉢山中学校でのプログラミング教育事業を、渋谷区内の全中学校で展開する予定でした。
その他にも、情報モラルやコンピューターのしくみについても教える課程をつくることを検討はしていましたが、計画の見直しをしている状況です。

――先進的な取り組みが多く、多くの自治体が参考のためにも渋谷区の動向を知りたいと考えていたと思いますので、やはり残念です。今後も、渋谷区の取り組みを知りたい、参考にしたいと思う人たち向けて、情報発信は行っていますか?

大塚氏:
今回紹介した内容などは、区の広報誌『しぶやの教育』でも公開していますので、ご参考にしてください。

――本日はありがとうございました。

コロナショックの影響下でも、対応に奔走する自治体のために

以上、渋谷区教育委員会へのインタビューをお伝えした。

渋谷区の先進的な事例を多くヒアリングできたが、やはり現在のコロナショックによる影響が大きい様子をうかがえた。

今後ICT機器を導入したいと考えている自治体としても、導入初期の教育現場の戸惑いや、オンライン化が難しい科目へのサポートの難しさなど、今回のインタビューで引き出せた課題や、インタビュー中に上ったツールなどの情報が、参考になれば幸いである。

今後も、現在の社会状況に対応しようと奔走する多くの教育機関にとって参考となるよう、当メディアでは多くの自治体の取り組みを報告したい。

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