教育の本質とは、学びたい人が、学びたいときに学べること――京都大学オンライン公開講義“立ち止まって、考える”が開いた人文社会科学の入口

教育の本質とは、学びたい人が、学びたいときに学べること――京都大学オンライン公開講義“立ち止まって、考える”が開いた人文社会科学の入口

この夏、最高峰の双璧をなす大学の1つ、京都大学が、2020年の今だからこそ実現すべき学びの場として、オンライン公開講義“立ち止まって、考える”を開設し、幅広い世代に向けた講義を行っている。2020年は、新型コロナウィルスという、誰もが想像しなかった存在に直面し、今もなお、それぞれの世代、それぞれの立場での日常を模索する。

このタイミングで、京都大学がオンライン講座を開設した目的は何か? 京都大学出口康夫教授、本オンライン講義の企画・運営をサポートする猿人 ENJIN TOKYO クリエイティブディレクター 野村志郎氏に、EducationTomorrow編集長小菅将太がインタビューを実施。そこから見えてきた、デジタル・オンライン時代の新しい学びの形に迫る。
(※聞き手・取材・文・構成:馮富久、2020年7月31日オンラインでの取材を実施)


 

止まってしまった教育の補充と再開

小菅:
改めて、今のタイミングでオンラインの公開講義を始めようと思った背景にはどのような理由があるのでしょうか?

出口:
京都大学は、コロナ禍よりも前から、指定国立大学として、日本の人文社会科学分野を牽引するというミッションを国から与えられていました。人文社会科学は、哲学、歴史学、文学をはじめ社会学、文化人類学、法学、政治学、経済学など、私たち人間の生き方や社会の作り方を提案する学問です。そして、そこから得られた成果を、1人でも多くの方に届けることが、京都大学が上記のミッションを果たすために設置した人社未来形発信ユニットの使命です。

われわれ人文科学系の研究者は、これまで、主として書籍を中心とした活字メディアで成果発信をしてきましたが、われわれのユニットは、活字メディアの情報が届く範囲の外側におられる方々にもアプローチできる情報発信を目指してきました。

そのような中で、2020年に入り、新型コロナウィルスの登場によって全世界を巻き込んだパンデミックが起きました。日本では3月に小中高が全国的に休校となり、大学も4月からの新学期が始められないという状況に陥りました。同様の事態は、世界中で起こりました。地球上の全教育活動が突然その回転を止めるという状況が発生してしまったのです。

このような情勢に加え、4月から5月にかけて日本では非常事態宣言が出されて、社会全体の動きが大きく止まることになりました。どうやって子どもを育てていけばいいのか、教育をしていけばいいのかという悩みに加え、社会全体が、この先、どうやって自分たちの暮らしを守り、社会を再起動させていけばいいのか、全く見通しがきかない状況に陥ったわけです。このようなパンデミック状況下にあって、大学生のみならず小中高の児童・生徒に対してどのような教育の機会を提供していくことが可能か、また社会全体に対して、人文科学の立場から、未来を見据える羅針盤や、その中で進むべき方向、ベクトルを描きうる座標軸としての知をいかにして提供できるか。そのような問題意識でスタートしたのがこの公開講座です。

本公開講座開設にあたり、出口教授自らオンラインオリエンテーションを実施。この模様も記事最後に記載のアーカイブから視聴できる

小菅:
この“立ち止まって、考える”という名前にはどのような意味、想いが込められていますか。

出口:
コロナパンデミックの中で、我々は日々報道される感染者数の増減に一喜一憂し、また次々と飛び交う「有効」な感染対策などの種々の情報に振り回されています。一方、先に述べたように、この社会をどうやって再び動かしていけばいいのか、これまでのやり方を続けていって本当にいいのだろうか、といった大きな漠然とした不安にもかられています。

そこで、目先の状況にのみ捉われるのではなく、この現実を、一歩引いた視点、より大きな枠組みの内で捉え直し、自分の人生、社会の在り方のあるべき未来像を改め考え直す機会を提供したい。このように考えて付けたのがこの“立ち止まって、考える”という名前です。

小菅:
変化の大きい今だからこそ、立ち止まることが大事、というわけですね。

出口:
おっしゃるとおりです。しかし、考えるだけで終わっては十分ではありません。考えた後、一歩前に足を踏み出さないといけません。私たちとしては、視聴して頂いた後、次の行動につなげて頂けるような情報発信をしたいと考えました。そのため、各講師の方々には、単にご専門の学問について話をするだけでなく、ウィズコロナ、アフターコロナの社会と切り結ぶ論点の提供をお願いしました。大きな変革期であるからこそ、単に大勢に流されるのではなく、自分自身でこれまでの生活スタイルを見直し、未来を切り開いて頂けるきっかけとなるような講義を提供したいと考えたわけです。

子育て世代からの好意的な反応~私たちがやりたかったこと

小菅:
この7月から、オンライン公開講座“立ち止まって、考える”がスタートしました。開講しての参加者の反応、また、主催する立場から感じたことがあれば教えてください。

野村:
まず、数字からご紹介します。7月4日の開始から、最初の週末4回(7月4、5日)の講義の実績は、YouTubeでのリアルタイムの同時視聴者数が1万5,000人を超えました。さらに、アーカイブで後から試聴をすることもできるのですが、講義開始から1週間の再生回数が10万回を超えました。開始から1ヵ月半ほど経った現在では、累計で23万回まで伸びています。オンライン講義への期待や感想など、ツイッターで1万9,000件の投稿がされたことが、このような大きな反響につながったと考えています。

さらに、私たちが把握しているYouTubeでの参加情報をもとにしたデータでは男女比が50:50とほぼ同数でした。

年代で特徴的だったのは、44歳以下のいわゆる現役世代と呼ばれる年代が全体の66%を占めていたことです。中でも20代~40代中盤がほとんどでした。

出口:
今、野村さんに紹介してもらったデータは、私たちにとっても2つの点で、すなわち参加者の人数と、その属性という点で、良い意味で衝撃的でした。

同時視聴者数1万5,000人――リアルでは達成し得なかったであろう、参加人数

まず参加者数ですが、私たちはこれまでも公開シンポジウムなど学外の方々を対象とする催しを多数開催してきました。そのような従来の催しは、基本的には対面式のリアルなイベントで、場所も大学の講堂や教室などを使ってきました。その場合、場所の制限などもあり、当日の参加者数はせいぜい100名強、最大でも数百名が限界でした。しかし、今回の“立ち止まって、考える”のケースでは、同時視聴者が1万5,000人、さらに、アーカイブを含め、開催から約1週間の視聴者数が10万人を超えたというのは、これまでの公開講座やシンポジウムの参加者数と、まさに桁が違う数字です。

現役世代、子育て世代からの参加

もう1つ、実はこちらのほうがより重要なのですが、聴講者の多くが現役世代、とくに子育て世代であったこと、そして男女比率がほぼ同数だったということです。

SNSでの反響を見ると、育児をしている女性からも多くの好意的な反応を頂いていることがわかります。その中には「これまでの(リアルな場での)公開講座ではそもそも場所に行くことが難しかったのですが、今回の取り組みは、自分のタイミング、子育ての合間でも聴講できました」という投稿も少なからずありました。

これまでの公開シンポジウムは、社会人の方々にもご参加いただけるよう、週末に開催してきました。しかし、今さら言うも愚かな当たり前のことですが、子育てには土日はありません。これまた当然ですが、キャンパス内でのイベントに参加できる方は、地域的にも大きく限られていました。

今回のオンライン公開講座は、このような従来のイベントが結果的に排除してきてしまっていた忙しくて大学のキャンパスに出向けない働く現役世代、育児真っ最中の親御さんたち、大学から離れた場所に住んでいる方々に門戸を開くことができました。

このことこそが、まさに、今回の“立ち止まって、考える”試みが切り拓いた、新しい発信の形、新しい学びの形だったと思います。

野村:
技術的、メディア的な観点からも、TwitterやYouTubeなどの馴染みのある開かれたプラットフォームを活用したこと、さらに自由に質問を書き込める双方向コミュニケーションの環境を整備したことが、40代中盤より下の、いわゆるSNS世代にはとてもマッチしたと感じています。さらに、Twitterを起点に、外部のオンラインメディアや発信力のある個人が積極的にシェアしてくれたことで若い世代にも伝播し、SNS界隈で情報が波及するバズりを、アカデミックな人社分野でも実現できたことが、今回の取り組みの、良い結果の1つと言えるのではないでしょうか。

歴史ある学問だからこそ、つねに新しい取り組みが必要

小菅:
ウィズコロナでは、私たち教育関係者も、さまざまな課題、そして、過去の常識が通用しない状況に多々直面しています。その中で、貴大学は、日本国内はもとより、世界にも発信し、日本の学問を牽引していますね。それは、裏を返せば世界からの注目度が高いとも言えます。

今回始まった“立ち止まって、考える”を実践して、これから大学に入学をしようとしている、日本・世界の学生に向けてメッセージをいただけますか。

出口:
まず、世界に向けて、という点では、インターネット(オンライン)の活用は欠かせません。われわれのユニットとしても、京都大学の人文社会科学の研究を、これからもインターネットを通じて、より多くの方に発信し続けていきたいと思っています。インターネットのコンテンツはアーカイブ化することで何度も視聴して頂けます。また字幕をつけるなどして多言語での発信も可能です。今後は、自動翻訳の精度も上がるでしょうから、多言語化もより容易になるはずです。

私たちはこれからもさまざまな新たな発信事業に積極的に取り組んでいくつもりですが、今回行ったような、コンテンツの無料公開という試みは今後も続けていきたいと考えています。とくにコロナパンデミックのような社会全体が大きな試練に直面している中で、そういった無料公開を貫くことが国立大学の1つの使命だと考えているからです。また我々が蓄積しつつある情報発信のノウハウも、広く他大学や教育界の皆様と共有していきたいとも考えています。そのためにも、可能な限りオープンで無料のプラットフォームを活用し、コストがかからない、維持可能で、再現性の高い発信のシステムづくりも心がけています。

野村:
企画の実現をサポートをする立場としても、誰でも簡単に、しかも無料で参加できるオープンな形で実施することが、結果的に多くの方に注目され、それがまた2次的に波及する、という情報の大きな波が作れているように思います。

さらに、誰にでも開かれたインターネットを活用し、リアルタイムで質疑応答ができる双方向性のある仕組みによって、そのまま教育の在り方をアップデートする場にもなっていると感じます。どういうことかというと、たとえば今回のYouTubeのLive配信では、講義後半の15分程度は必ず質疑応答の時間を設けるようにしています。参加者は先生方に向けて、チャット欄から自由に質問を投げかけることができるのですが、これによって一方的に講義を聞くだけではなく、能動的な参加性や議論が生まれます。

リアルタイムで視聴していたとある塾の先生が、視聴中にぜひ自分の塾の生徒たちにもこの講義を見てほしいとコメントされていましたが、このようなコミュニケーションは、まさに、インターネット時代の新しい開かれた教育の形の1つだと感じています。

今回、まず、8月いっぱいで講座は完結します(最後は8月30日に実施)。しかし、その内容はアーカイブとして残りますし、反響が大きければそのあとにもつながるはずですので、ぜひ、多くの方に興味を持って視聴してもらいたいです。私たちも、その期待に応えられるよう、さらに増幅できる仕掛けを考え続けていきます。

7月4日からスタートし、8月30日まで開催されるオンライン講義スケジュール。詳細は記事最後のURLを参照

出口:
最後になりますが、今回、オンライン公開講座という1つの新しい取り組みを通じて、私自身、インターネットの持つ新たな可能性に改めて気づきました。

大学での授業というと、どうしても、単位を取得し、卒業しなければならないという制度的な義務の枠組みから自由になれないところがあります。受講生側にも、いやいやないし仕方なく受講している人もいるでしょうし、そうとまでは言えないケースでも、どうしても受け身の姿勢が蔓延しがちです。また講義を受けている最中に受講者同士が私語をすることは、周りの迷惑にもなりますので、基本的にマナー違反の行為と見なされます。

しかし、今回のオンライン講座を受講された方々は、まさにこの公私とも大変な時期に、それでも人文社会学の講義を聞きたいと、純粋な気持ちで参加された方々ばかりだったと思います。さらに講義中に受講者の方々が、質問を書き込んでいくうちに、受講者の間で対話や質疑応答が生まれ、共に学ぶ者同士の即席のコミュニティが生まれるという素晴らしい出来事も起こりました。

今までの大学での学びと異なる、学びの未来形を垣間見ることができたというのが、我々大学人にとっての、“立ち止まって、考える“の1つ大きな収穫だったと思います。今後も、多くの方に人文社会科学という学問に興味を持ってもらう一方、この学びの未来形を、より確かな、そして大きなうねりにしていければと考えています。

小菅:
ありがとうございました。

【オンライン公開講義】“立ち止まって、考える”
https://ukihss.cpier.kyoto-u.ac.jp/1669/

講義アーカイブ映像
https://www.youtube.com/channel/UCIEFeMhUfTbeIvVWX8ZUaJQ

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