デジハリ・オンラインスクールから紐解く、“人的”アダプティブラーニングを導入したリカレント教育の未来

デジハリ・オンラインスクールから紐解く、“人的”アダプティブラーニングを導入したリカレント教育の未来

2020年10月、デジタルハリウッド株式会社が運営する「デジハリ・オンラインスクール」がアップデートされ、従来のスクール形式に「アダプティブラーニング」を取り入れた講座をスタートした。

今回、アップデートしたスクールの企画・運営に関わる4名にインタビューを実施。その狙い、そして、アダプティブラーニングのメリット・デメリット、リカレント教育に対する効果について伺った。

デジタルハリウッド株式会社 まなびメディア事業部
(左から)冨松由花、猪野祥仁(執行役員)、呉育平、石川大樹(デジタルハリウッド大学助教)

「あたらしいWebデザイナー講座」とは?

今回アップデートされたデジタル・オンラインスクールの中で、対象となったのは「Webデザイナー講座」である。まず、このアップデートに関して概要を聞いた。

Q:今回の「あたらしいWebデザイナー講座」について教えてください。

冨松:
もともとデジハリ・オンラインスクールでは、社会人向けにさまざまな講義を用意しておりました。スキルアップを目的とする中で、弊社がこれまで10年以上取り組んできた動画教材開発のノウハウ、学習者の自己学習サポート、学習へのコミットメントとそのアドバイスなど、非常に多様なサポート体制を準備し、取り組んでまいりました。

ここ1、2年は「アダプティブラーニング」を取り入れた講座の開発を進めており、2020年のこのタイミングでアップデートすることになりました。

石川:
とは言え、何か大きく変えたというものではなく、従来の講座内容に加えて、2020年一気に浸透したオンライン講義の形式を組み込み、Zoomを活用した「オンラインでの対面サポート」が追加された点が、目に見える部分でのアップデートポイントです。

Q:ちなみにWebデザイナー講座を対象にした特定の理由はありますか?

石川:
デジタルハリウッドの最大の特徴であり強みはクリエイター向けの人材育成に秀でている点であると自負しています。その中で、IT/Web関連、そして、CGのクリエイター向けの講座や学習プログラム、そして、経験が豊富にある中で、第1弾としてWebデザイナー講座を用意しました。今後、CGクリエイターを対象にしたものなども提供する予定です。

このタイミングでのアダプティブラーニングの導入と狙い

Q:アダプティブラーニングの導入という観点で、このタイミングになった狙いは何でしょうか? やはり新型コロナウィルスの登場が大きく影響しているのでしょうか?

石川:
先ほど冨松も申したとおり、アップデートの実施はすでに予定されていました。例年EducationTomorrowさんでもご取材いただいている「近未来教育フォーラム」でもお話しているように、従来のeラーニングの限界、その次に向けた改善、アップデートとして、動画教材と人的アダプティブラーニングへの取り組みは積極的に行っていました。

人的アダプティブラーニングから見えた“教えない指導”というアプローチ~近未来教育フォーラム2019レポート

一般的なeラーニングでは、学習内容を提供する側(教える側)が行うこととして、動画提供のあとは学習者自身の能動的な意識や行動に委ね、あとは進捗確認を行うものが多く見受けられます。

新型コロナウィルスが登場するまで、私たちはオンラインでの動画教材提供のほか、学校(教室)という場を起点に、教師と学習者が同じ場に集って、学習進捗を確認したり、教師から適切なアドバイスをするようにしていました。

しかし、新型コロナウィルスの登場で、自由に学校の場に集まることが難しくなりました。そこで、私たちは、Zoomなどのオンラインツールを活用することで、インターネット上で共有できる場を用意し、個別サポート、さらには学習者同士の交流が図れるような体験を提供しています。

あたらしいWebデザイナー講座ではありませんが、デジタルハリウッド大学の講義では、2020年春以降、すでにZoomを活用したスタイルを用意し、今では定着したと感じています。

Q:つまり、もともと準備していたことがあり、結果としてオンラインのサポートを行っているということでしょうか。

石川:
おっしゃるとおりです。当然、対面での教育、指導、サポートは必要です。しかし、インターネット技術が進化した現在、オンライン空間でさまざまなことが実現できます。逆にオンラインを活用することで、生徒にとっては移動する手間がなくなったというメリットが増えていますね。

私たち教える側にとっても、大学院・大学の授業においてこれまで教室で集まった場合、巡回する際、座席の位置などから全体を俯瞰して把握することにムラがありました。しかし、Zoom、そして、ブレイクアウトルームの活用で、全体に対してほぼ均等なフォローアップがしやすくなったと感じます。

Zoomでの授業の様子

大事なことは、学習者(生徒)に寄り添うこと、私たち教師側が伴走者となって、学習者の学習行動が止まらないようにサポートすることと感じています。それが、昨年の近未来教育フォーラムでも紹介した、私たちが考える人的アダプティブラーニングです。

リカレント教育とアダプティブラーニング、その先にあるAIの存在

Q:今回は、社会人向けの講座、いわゆるリカレント教育と呼ばれる分野でのアダプティブラーニングと考えられます。高校生や大学生と言ったようなセグメントの分け方に比べて学習者の属性は多様で、知識や経験に大きな差異がある場合もあります。その点で、なにか考えている点、工夫している点はありますか?

石川:
まだ始まったばかりなので、その効果や課題が見えてきたとは言えませんが、対面・オンラインのハイブリッドの活用、その先の可能性は感じています。

呉:
受講者の属性は公開できませんが、さまざまです。ただ、この点についてはこれまでもWeb経験・未経験者問わず受講していただいている実績があり、属性の多様性については課題ではないと思います。

また、石川が申したように、すでに講義を始める中で、教室内に役割分担(リーダーや初期)を決めるなどして、オンラインでも学習者同士のディスカッションが生まれる環境は整備されています。

猪野:
私からは、現在の講義や教え方という点ではなく、もう少し俯瞰した広義の意味でのリカレント教育と私たちの考えについてお話いたします。

まず、リカレント教育でいちばん大事なことは、学習者自身の「学びたい」という気持ち、そして、そのきっかけから受講につながり、学んでもらうことです。私たちデジタルハリウッドは、対象者問わず、動画教材を活用した講義と教室内で行うディスカッションや実践を提供してきました。

コロナ禍でオンラインの部分が強調されがちではありますが、私たちは、「基礎知識は非同期」、「知識の実践は同期」という分け方から講義を設計しています。

ですから、私たちがすでにたくさんの知見を持っている動画教材はこれまで以上に基礎知識習得のためのツールとしてアップデートしていきます。

一方、同期部分、教室やZoomを活用した授業、コミュニケーションについては、個々人の実践の場として整備し、提供していきます。人と人が向き合うこと、他社のアウトプットからの気付き、それを自分の考えとして形にしていく、それが学びの本質の1つではないでしょうか。

また、私たちの得意領域であるクリエイティブ人材の育成という観点では、同期型の講義も非常に重要です。即席でデザインしたりデプロイしてもらうことで、個人のスキルアップ、そして、同じ場にいる学習者へのプラスの影響もあるわけです。

Q:同期・非同期による学習領域の分け方は非常にわかりやすかったです。最近では、こうした講義に対して、デジタル化(データ化)とともにAI活用という話も聞こえてきます。この点についてはどのようにお考えですか?

猪野:
教育とAIというのはまさにホットなトピックですね。ただ、今説明したとおり、私たちの教え方としては、同期と非同期での分け方を非常に明確にしています。この分類で言えば、AIが得意なのは同期部分ではなく、非同期部分、つまり、学習者が自身のペースに合わせて学び、知識を身に付けることをサポートするための技術として、AIを活用すべきと考えます。

つまり、非常に大きく分類すると、AIは回答が明確で、正解不正解がはっきりしている受験指導などには向いている一方で、クリエイティブ領域のように、正解が1つではない、アウトプットの表現が多様な場合、現状では向いていないと考えています。

実際、世の中に多くあるAIを活用した学習サポートサービス・アプリの多くも、学習者自身の行動履歴から進捗や弱点を分析し、方針を提供する(データの学習から方針を決めていく)という特徴を持っています。

一方、同期部分は、AIでは対応しきれないと考え、ここに人が介在する意味があり、これこそが私たちの掲げる“人的”アダプティブラーニングとなります。

新型コロナウィルスの登場とともに一気にデジタル・オンライン化が進む日本

最後に、今進んでいる日本の教育改革に関して、新型コロナウィルスが加速させたデジタル・オンライン化がどのような影響を与えるか、また、その結果、2021年以降のスクールの在り方がどうなるかについて聞いた。

2020年の進行中の教育改革の課題

Q:2015年以降、日本では教育改革という言葉が取り上げられ、また、教育分野では学校や学校関係者に加えて、民間企業の教育産業への参入が進みました。学習指導要領の改定により2020年4月から行われたプログラミング教育の導入はその最たる例の1つでしょう。

この点について、今、日本の教育改革に対してのご意見やお考えがあれば教えてください。

猪野:
自分が経験してきたことをふまえてという前提でお話します。今、まなびメディア事業部の責任者として、デジハリ・オンラインスクールを推進することに加えて、他の大学や専門学校のコンサルティングなどにも関わっています。

そこで感じることは、ほとんどの先生方は「デジタル化は避けられない」という認識はあるものの、組織の壁、トップの判断によって、変われない、あるいはすぐには動けないというジレンマが顕在化していることです。

これは教育分野に限ったことではないのでしょうが、これまで続けてきた形式、また、上司と呼ばれる方たちの価値観の壁は多くあります。

しかし、世の中が教育改革に目を向けることで、学校内だけで閉じた話ではなく、学習者(生徒)の保護者の意識も変わりました。誤解を恐れずに言えば、Webサービスがユーザの声で変わるのと同じように、学校や学校組織もユーザ(生徒)に加えて、ユーザの後ろにいる保護者たちの声で変わらざるを得ない状況になってきた、と思います。

数年前では、私たちデジタルハリウッドやN高などは、(学校という存在で)少し変わった学校と見られていました。しかし、ご存知の通り、その評価は変わっています。

石川:
また、教材という観点でもICT化により大きく変わってきました。スタディサプリ(リクルート)やすらら(株式会社すららネット)を導入する学校が出てきたことは、まさに変化の形です。教員という立場でも変えられること、たとえば、使用する教材を選ぶことで、教育の形を変化させていける良いタイミングではないでしょうか。

2021年以降のスクールの在り方

Q:多くの分野でも言われているように、すでに動き出していた教育改革、教育のICT化において、新型コロナウィルスはデジタル・オンラインに関して強い後押しにもなったと言えそうです。最後に、2021年以降のスクールの在り方について教えてください。

猪野:
私どものデジハリ・オンラインスクールでは、クリエイティブスキル、ビジネススキルの向上を目的とした講座を増やしていく予定です。デジタルハリウッド全体の大きな枠で言えば、先ほどお話したように同期・非同期の切り分け、とくに新型コロナウィルスで曖昧になった「教室」の存在は見直す必要があります。

本来であれば、スクールへ通学する(教室に集まる)ことを組み込んだ講義だったものが、すべてオンラインで完結できる状況になりました。ですから、その環境において、スクールへ通学することと同じ学習効果を出せる講義の提供が必要と考えます。

一方で、今後の状況でまた自由に移動ができるようになったときに、なぜ集まるのか、集まるからこそ提供できる学習の価値は何か、今はそれを考える時期だと考えています。

さらに、今は生涯学習と言われるように、小中高大が終わっても、生涯学べる時代ですし、インターネットを始めとした新しい技術については、能動的に学ぶ必要があります。その中でのリカレント教育の重要性は高まりますから、私たちはこれからも、皆さんにとって最適な教育環境を提供していきたいです。

石川:
私は教材の観点からお話します。今後、当面はオンラインでの授業が増えると予想されます。そうなると、まず、動画教材の重要性が高まります。ここで気をつけたいのは、動画の品質を高めることが目的ではなく、学習者の習熟度を高めるツールとしての動画教材の意義です。さらに、私たちスクールの立場では、その動画をどのように活用してもらうか、学習者の学習行動まで含めた開発が求められます。

たとえば、動画を視聴した後に自身で実践できる課題の提供、自身で経験して発見できる教育環境は大事です。いわゆる、プログレッシブ教育の実践です。最近は多くの教育機関でも取り入れ始めていますので、私たちなりの形で取り入れて提供していきます。

そして、繰り返しになりますが、私たちが提供するのは教育の場、学習環境です。学習者の皆さんが学ぶ姿勢、社会で活用できるスキルの習得、2021年以降もそのコーディネートへ注力してまいります。

デジタル・オンライン社会だからこそ、学習時における伴走者であり続けたいですし、それが“人的”アダプティブラーニングの本質と言えますね。

――ありがとうございました。

以上、デジタルハリウッド株式会社まなびメディア事業部の4名に、デジハリ・オンラインスクール、そして、動画学習やオンライン授業、デジハリ独自の“人的”アダプティブラーニングについて伺った。

一気にデジタル・オンライン化が加速した日本社会において、デジタル教育業界を牽引し続けているデジタルハリウッドの取り組み、教育の形は、教育関係者にとって参考になるのではないだろうか。

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