高専教育の実態レポート~現場に立つ高専教員たちの声

高専教育の実態レポート~現場に立つ高専教員たちの声

昨年2019年12月27日、「高専卒業生のキャリア最前線」と題したワークショップ(主催:株式会社高専キャリア教育研究所)が東京・秋葉原で開催された。

一般的な6-3-3-4制の教育モデルに当てはまらない高等専門学校(以下、高専)は、高度成長期に製造業の現場人材を強化する目的で作られ、これまで一部の人々にしかその存在や価値は知られていなかった。

しかし、近年、IoTやディープラーニングといったITの最先端領域で、CEO/CTO/エンジニアとして活躍する高専卒業生が増えてきており、日本の人工知能研究の第一人者、松尾豊・東京大学教授の「高専生は日本の宝」という発言もあり、「高専生のキャリア」への注目が高まっている。

当日のワークショップでは、スタートアップや大企業で活躍するCEO/CTO、女性企業家、高専の教育現場に立つ教員など、さまざまな業界で活躍する高専卒業生がゲスト講師として招かれ、高専生キャリアの実態や高専卒だからこその強みを紹介する、多くのセッションが開かれた。

当記事では、実際に高専教育の場で活躍する山田洋氏(仙台高専/教員)、藤原亮氏(函館高専/教員)、高専生向け学習塾 合同会社Haikara City(以下、ハイカラシティ)代表の明松真司氏(釧路高専卒)らによるセッション、「高専教育現場リポート」の模様をお送りする。

高専教育の実態~少子化が進み、学習意欲の弱い学生も少なくない

菅野流飛氏(株式会社高専キャリア教育研究所 代表:東京高専卒)

当セッションのファシリテーター菅野氏から、高専教育の現場に立つ3人へ、まず「高専教育の現場は煌めいていますか?」と題した質問を投げかけ、高専教育の実態、教育現場の就労環境などを聞き出すところからセッションは始まった。

藤原亮氏(函館高専/教員)

藤原:
昔は受験を勝ち残った学習意欲の強い学生が多く入学していましたが、少子化が進んだ現在は受験のしくみがうまく機能せず、学習意欲が強くない学生でも多く入学できるようになってきています。
昔からある普遍的な課題かもしれませんが、どうやって勉強に向かわせるか?と初歩的な課題からつまずく学生と出会うことも少なくなく、悩んでしまうことがあります。

山田洋氏(仙台高専/教員)

山田:
私も藤原先生と同意見です。自分が高専に入学してきた目的意識が希薄であるため、「なぜこんなことを学ばないといけないんだ?」と高専で受ける授業にのめり込めない学生は珍しくありません。
高専で学ぶ内容が社会でどのように役立つのか、あまり考えようとしないまま進級して卒業を迎えてしまう、という学生も少なくない印象で、課題だと感じます。
加えて指摘するなら、学習意欲の強い学生とそうではない学生の、二極化が進んでしまっている状況といえるでしょう。

明松真司氏(ハイカラシティ代表/釧路高専卒)

仙台で受験生や学力の低い学生などを対象にした高専生向け学習塾ハイカラシティを経営している明松氏からは、「質問に対して率直に答えると、高専生の教育現場は煌めいていません」とストレートな回答が返ってきた。

明松:
塾という、学校とは違う民間の立場から見ても、高専教育の現場は大変なものに映ります。
当塾では、学力の低い学生を中心に指導していて、留年しても仕方がないように思える学力の学生を指導することがあります。
しかし、その学生自身のキャリアを考え、なるべく留年させないように奔走される現場の先生は多いです。
学生を配慮した対応をとっても、その学生自身にとって本当に有意義な対応になるのか?判断が難しく思えることが正直あります。


大学教育でもたびたび課題として取り上げられるが、高専教育にも、少子化という構造的な問題によって学生たちの学力・学習意欲が低下してしまっている課題がうかがい知れた。

高専教育はどうなるべきか?

続いての質問は「高専教育はどうなるべきか?」。

ファシリテーター菅野氏はゲストに現在の高専教育に起きてほしい変化や改善点を聞き出した。

明松:
当塾は高専への入試対策にも力を入れていて、高専について知りたい中学校の先生からお問い合わせをいただくことがあります。
しかし、高専への入学を希望する学生の絶対数が少ないためか、高専についてよく知らない中学校の先生や塾講師の方は多いです。
当塾を受講している学生を通じて、高専の実態を知らない先生から時折、高専教育に対する誤解をそのまま学生に伝えているケースが見受けられます。
民間を利用したいと考えてくれている学校や先生も多くいますが、より積極的に学校側から民間を利用するようになって、高専教育の実態をもっと理解ほしいです。


明松氏からは、教師側に高専教育の知識が不足している、と民間からの視点で改善点を指摘した。

藤原:
理想は「学びたい人が、学びたいときに、学べること」。
高専生は15歳で入学、20歳で卒業というキャリアを通る人が大半ですが、そのタイミングに縛られる必要は本来ないはずです。
何かのハッカソンに参加したことがきっかけで、マイコンの使い方や電気回路の加工方法を知りたくなったら、そのタイミングで必要な知識を学べる科目を履修すればよいのです。
そうすれば、身に付けた知識を活かしたプロジェクトに取り掛かることができるようになります。
たとえ社会人になってからでも、取り組むビジネスで精密加工の技術や数学の知識が必要になったら、高専に戻って必要な科目が履修できるようになってほしいです。


藤原氏からは現状の教育体制への思いが語られた。

学生や社会人が必要な科目を必要なタイミングで自由度高く選択して履修できる、大学教育に似た柔軟なカリキュラムの検討を訴えた。

現役高専生からの質問~博士課程を修了して高専教員を選んだ理由は?

セッションの最後には、会場に詰めかけた人たちからのQ&Aが行われた。

現役高専生も聴講しており、今後の進路について悩める学生から教員へ、質問が投げかけられた。

――高専教員になるには大学院で博士課程を修了して卒業しないといけませんが、博士課程を修了するまでの間、研究者としての道も検討されたのではないでしょうか?それでも高専教員になったのには、どんな決め手があったのでしょうか?また、日々の生徒たちへの教育以外にも多くの仕事があり忙しいと思いますが、それぞれの仕事をこなしながら研究に取り組むにはどんなことを心掛けていますか?
教員たちは現役高専生からの質問に耳を傾け、山田氏が自身の経験を踏まえて答えた

山田:
大学教員では、自分の所属する研究室に携わるせいぜい10人くらいの学生としか関われませんが、高専教員は毎年1学年で200人前後もの学生と関われます。
しかも学生の、技術者人生の基礎力を教育させることができます。
多くの学生の基礎となる地力を教育できることに大きな喜びを感じられることが、私の場合は、高専教員を続けられている理由です。
また、確かに高専教員は研究以外にも、部活動の顧問や担任会、出張など多くの仕事があり、それらに多くの時間が割かれる現実はあります。
しかし、仕事をどのように処理するかは自己管理の問題といえます。
そして「研究」と一口に言っても、人生すべての時間を捧げて何億円という研究費を費やさないと取り組めない大規模な研究もありますが、一部の変化を観察して年間数万円からも行える研究だってあります。
「研究費が少ないと研究ができない」というのは研究者としての怠慢、と私個人としては考えています。
大規模な研究では難しいですが、自分がやりたい研究に明確なビジョンがあり、自身が納得できるなら、高専教員をしながら研究を続ける、というのも選択肢の1つとしては十分検討できると思います。

あまり知られていない高専教育の実態と周知の重要性

以上、「高専教育現場リポート」の模様をお届けした。

今回は30分という短時間のセッションであったが、高専教員と塾講師から高専教育の現場の声を聞ける、非常に貴重な機会であったことは間違いない。

高専教育も、他の高校や大学などの教育機関と同様に、少子化による学生たちの学力・学習意欲の低下など、多くの課題に取り組まなければならない現状がうかがい知れた。

そして、高専生向け学習塾を運営している明松氏から指摘されたように、同じ教育関係者でさえ高専教育の実態が十分に周知されていない課題も伝わってきた。

これは、高校や大学教育と比較すると、高専教育の実態がメディアなどで紹介されることが明らかに少ないことも理由としてあるかもしれない。

IoTやディープラーニングなど最先端領域で活躍する高専出身者も多いにもかかわらず、メディアでそのことが周知される機会も少ないように思える。

ICT教育関連の情報を発信する当メディアとしても、高専教育の実態をより深く追っていく必要があると感じた。

(Visited 3,413 times, 1 visits today)

Related Post

Other Articles by 酒井啓悟

「Tech Kids Grand Prix 2021」決勝大会レポート~環境問題、SDGs…子どもたちから社会課題を問うアプリが多く登場

12月5日、東京・渋谷ヒカリエホールにて、「Tech Kids Grand Prix 2021(テッ…

LINEみらい財団「みやぎ情報活用ノート」高校編をリリース~重要性が増す「情報活用能力」教育

一般財団法人LINEみらい財団(以下、LINEみらい財団)は、宮城県教育委員会、仙台市教育委員会と共…