EdTech企業からの後押しの重要性~国立教育政策研究所シンポジウムでの事例紹介

EdTech企業からの後押しの重要性~国立教育政策研究所シンポジウムでの事例紹介

2月3日、東京都千代田区 一橋大学一橋講堂にて、文部科学省国立教育政策研究所主催の「『教育革新』プロジェクト フェイズ1 シンポジウム ~高度情報技術を活用したすべての子供の学びの質の向上に向けて~ 」が開催された。

当プロジェクトは、国立教育政策研究所が、令和元年度~令和3年度までの間、AIやビッグデータなどの「高度情報技術」の進展によって変革する教育現場の検討課題を整理し、課題克服の道筋を探るための取り組みである。

当日のシンポジウムは、キックオフシンポジウム(2019年7月9日開催)に続いて第2回目。

高度情報技術を活用した文部科学省の取り組み、協調学習の原理、そして実際にAIを活用したデジタル教材を取り入れた学校の事例紹介などが紹介された。

当記事では、千代田区立麹町中学校主任教諭 戸栗大貴氏と、株式会社COMPASS代表取締役CEO 神野元基氏によるプレゼン「教室に高度情報技術をもちこんで」の模様をお伝えする。

株式会社COMPASSが開発する数学教材タブレットアプリ「Qubena」を、教室に持ち込んだことにより起きた、生徒と教師の変化に関する事例が解説された。

Qubena導入の背景

千代田区立麹町中学校主任教諭 戸栗大貴氏

麹町中学校では、「自律した生徒を育成する」という目標を掲げ、生徒が自主的に学習を進められる基礎学力の向上を目的にした教育を行っている。

その教育の一環として、生徒の自主性を重んじて、宿題を廃止した。

宿題は生徒の学力を伸ばすが、生徒は課題を過度に与えられ続けると学習に対して受動的になってしまい、主体的に学ぼうとする自律の姿勢を失わせる弊害もある、と麹町中学校では考えるためだ。

また学習において重要なのは、学習者が間違えた問題をなぜ間違えたのか、復習を繰り返して理解を深めることにある。

教師側が、生徒それぞれに個別最適化された、不得意な問題を中心に収録した教材を提供できれば理想かもしれないが、非常に多くのリソースを割く作業のため、現実的にそのような教材作成・提供はできない。

そこで麹町中学校では、生徒が授業の時間内で課題を理解して、自分がつまずいた問題を復習するためのフィードバックを自動でくれる、AIを活用した数学教材タブレットアプリ「Qubena」を実際に数学の授業に導入した。

Qubenaで実現するインタラクティブな学習体験

「Qubena」を開発する株式会社COMPASS代表取締役CEO 神野元基氏

「Qubena」はノートPCのようにタイピングでテキスト入力するのではなく、タブレットへ書き込みながら解答する。

コンパスを使用して円を描いたり、グラフを描いたり、直感的な操作が可能だ。

また初学者にとって理解しやすくなるように、数学の知識を解説するスライドやアニメーションもデフォルトで用意されている。

解答に要した時間や生徒の得意不得意を自動で判別し、「Qubenaマネージャー」という管理ツールで、教師側はQubenaに蓄積されたスタディログを通して各生徒の習熟度を確認できる。

小1~6算数、中1~3数学だけではなく、高校の数ⅠA・ⅡBまでの学習指導要領に準拠した問題を収録している。

実際に麹町中学校で導入された様子もプレゼンでは伝えられた。

タブレット上のQubenaで問題を解く生徒は、自分のペースで解答を続けられ、わからない箇所があればすぐに教師に質問できる。

また、同じくらいのペースで解答を続けている生徒の間では、つまずいた問題のわからない箇所を確認し合う光景も見受けられた。

集団で受講する形式の授業では、生徒はわからない箇所があっても授業進行の妨げになることを避けて、質問をせずわからないまま放置することがよくある。

しかし、Qubenaを使用した授業では、生徒はみな自身それぞれのペースで解答を続けているため、「授業の一定のペース」といったものがなく、生徒側からすれば非常に質問がしやすい環境だ。

神野氏もQubenaの使用状況を確認するため麹町中学校の授業見学をしたが、「授業では生徒はみな自分のペースで語らいながら解答を続けていて、とても騒々しいのです。従来の授業風景といったものではまったくなく、一見すると学級崩壊では?と思えるような光景でした」と語った。

しかし、騒々しく映る授業風景は、生徒が好きなタイミングで質問して教師がそれにすぐに答えられる、インタラクティブな学習体験が実現されたからだ。

そして、生徒の学習効率が上がったことを表す具体的なデータも紹介された。

中1~3全学年で約2倍のスピードで単元学習が修了~生徒と教師の変化

Qubenaによる学習効率化(中1)

Qubenaを導入したことにより中1~3の全学年で、教科書が定める年間指導計画に基づく従来の授業時数を、約2倍の学習進度で修了させる効果があった。

  • 中1:単元62時間→実修了34時間 28時間の余剰時間を創出
  • 中2:単元63時間→実修了31時間 32時間の余剰時間を創出
  • 中3:単元68時間→実修了38時間 30時間の余剰時間を創出

余剰時間では、次学年単元の予習や受験対策の復習、または従来の授業計画ではできていなかったSTEAM学習にあてることができたという。

そして余剰時間ができたことによるメリットは、生徒側だけではなく教師側にもあった。

Qubenaに蓄積されたスタディログと単元テスト成績の相関関係を分析して生徒個別に最適化された指導を行ったり、学習進度が遅れている生徒にはサポートをしやすい座席配置などの環境づくりを行ったり、以前よりきめ細やかな生徒へのフォローが実現できた。

また理解の進んでいる生徒が自発的にわからない生徒に教える「リトルティーチャー」制度、といった生徒の自主性を伸ばす新たな取り組みも推進できるようになり、教師側も授業進行に対する満足度が確実に上がったという。

充実した教育コンテンツを生徒へ届けるには

以上、数学教材タブレットアプリQubena導入による生徒と教師の変化を報告する「教室に高度情報技術をもちこんで」の模様をお伝えした。

当日のプレゼンで戸栗氏から説明があったが、従来の教師側から生徒側へ課題を与え続ける教育では、生徒側が受け身になってしまい、どうしても課題をこなすだけに従事して自律しない学生に育つ可能性が高い。

しかし、そんな生徒になってしまう理由は、決して生徒本人に理由があるのではなく環境に要因がある。

今回紹介したQubena導入事例は、その環境要因をEdTechを活用した教育コンテンツで改善させた好例といえるだろう。


当シンポジウムを主催した国立教育政策研究所を管轄する文部科学省は、2019年12月に発表した「GIGAスクール構想」において、2023年までに全国の小中学生1人にPC1台を用意することや、学校のネットワーク環境整備などを目標として掲げている。

そして、MicrosoftがAcerやHP、NECといったハードウェアメーカーと協業しながら、学校のハードウェア環境の整備が行われる予定だ。

しかし文部科学省バックアップの下、ハードウェアが整備されても、そのハードウェアを活用してどのような教育コンテンツが提供されるのか。

その教育内容を充実させるには、今回や前回記事でも報じた通り、多くのEdTechカンパニーからの後押しが重要になるだろう。

今後もICT教育に関わるさまざまな企業と教育機関の取り組みを報じたい。

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