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確実に広がる教育分野におけるクラウド活用~AWS「教育×クラウド」のビジョンに迫る

今年も残すところあと1か月余りとなったが、2020年は、新型コロナウイルス感染拡大による影響と、元々予定していたGIGAスクール構想によって、教育機関のICT環境整備が急速に推進された1年といえるだろう。

学校や教育委員会などへ、さまざまなサービス・プロダクトを提供するEdTech企業にとっても影響は大きく、当メディアでも激変する環境下で対策に取り組むEdTech企業を紹介してきた。

上記記事で紹介しているEdTech企業のサービスは、実はいずれも、「AWS(Amazon Web Service)」というクラウドサービスを利用して、開発・提供されている。
AWSは、米国企業Amazonが開発し、現在は「アマゾン ウェブ サービス」とAmazonから独立した企業が提供している。

米国調査会社ガートナー(Gartner)が今年発表した、2019年のグローバルにおけるクラウドサービス(パブリッククラウド)市場レポートによると、AWSは市場シェア45.0%を占め、2位Microsoft Azureの17.9%を大きく引き離し、世界トップのクラウドサービス・プラットフォームに位置している。

また、文部科学省が2019年12月に改訂した「教育情報セキュリティポリシーに関するガイドライン」では、教育機関のクラウド活用に関連する項目が多く追加され、GIGAスクール構想で提唱された「クラウド・バイ・デフォルトの原則」でも、クラウド活用の重要性が解説されている。

今回、教育分野において重要性を増しているクラウドサービスの、業界内トップシェアであるAWSを提供する、アマゾンウェブサービスジャパン株式会社 パブリックセクター営業本部 本部長 大富部貴彦氏に、オンラインインタビューをすることができた。

AWSの教育分野における取り組みや目指すビジョン、EdTech企業や教育現場の先生や生徒にとってAWSが提供できる価値、メリット、そして影響などをヒアリングできたので、インタビューの模様をお伝えしたい。

目次

アマゾンウェブサービスジャパン株式会社 パブリックセクター営業本部 本部長 大富部貴彦氏

教育分野におけるAWSの導入事例

今回は、AWSの教育分野における取り組みや目指すビジョンについて、図やスライドを用いながら説明したいと思います。
まず、私が所属しているAWSパブリックセクターでは、大きく分けて、「政府機関」「教育機関」「非営利組織」と、3つのニーズの異なるお客様にサービスを提供しています。

AWSパブリックセクターのメイン顧客

「教育」の分野においては、大学、小中高校、教育委員会、そして、予備校や塾などの私教育に加えて、各教育機関向けにサービスを提供するEdTech企業がメインのお客様です。

次の図は教育機関やEdTech企業でのAWS導入事例一覧です。

教育分野におけるAWS導入事例一覧

大学では、おもに学内の基幹システム、学生向けポータルのシステム、教育用計算機システムなどに、AWSのクラウドを導入いただいています。

早稲田大学では、学生と教職員あわせて7万人が毎日閲覧するポータルサイトとして、AWSが使われています。
信州大学では、LMS(Learning Management System)でAWSを導入いただいています。
コロナショックによる休校措置が大学でもとられ、リモートでの講義のスタイルが普及しましたが、リモート講義で利用されているLMSやライブストリームの基盤には、AWSが利用されています。

他には、海外の大学との共同研究においてクラウドが使われるケースもあります。

クラウド上に研究用データをアップロードして、日本の大学や研究機関と海外の提携機関とでデータを共有しながら研究を進めているお客様もいます。
クラウド上にデータを保管しておけば、迅速・セキュアに共有でき、利便性が高いです。

EdTech企業では、コロナショックによる休校措置がとられた時期に、「Classi」「ロイロノート」などの学習ポータルサイトが注目されました。
他には「すらら」「Life is Tech!」「Qubena」といったオンライン学習教材、「Libly」のデジタル教科書、「WonderLab」の知育アプリ、オンライン学習塾である「アオイゼミ」が提供するライブ授業、これらすべてのサービスはAWSを利用しながら開発・提供されています。

AWSが考える「教育×クラウド」のビジョン

AWSが考える「教育×クラウド」のビジョン(編集注:図中①は後述で言及)

当社が考えている、「教育×クラウド」のビジョンを紹介します。

今後、GIGAスクール構想によって、生徒1人に1台、タブレットなどのデジタル端末が配られます。

生徒は、学校内だけでなく、校外、家庭においても、この端末を利用することで学習環境がデジタル化され、生徒の学習活動の履歴としてスタディログが収集されます。

収集されたスタディログは、さまざまな分析ツールを利用することで、教育者にとっては教育の品質向上へ、生徒にとっては個別最適化された教育の実現への活用が見込まれます。

そして、学校側は、生徒のICT学習環境をよりよくするために、ネットワークの環境の整備もしなくてはいけません。

今後は、ネットワーク帯域の広域化、学術情報ネットワークであるSINETの活用などが、検討されていくと考えています。

スタディログは生徒へ還元

当社では、生徒が使用する端末を起点に、クラウド上のさまざまな教育サービス、アプリケーションに生徒が自在にアクセスでき、かつ、そのアプリケーションに蓄積されたスタディログを分析することで、最終的には生徒ひとりひとりへ個別最適化された学習が提供されていく―――それが、「教育のクラウド活用」で実現できる新たな価値の1つだと考えています。

経済産業省が取り組んだ「未来の教室」とEdTech研究会の提言でも、同様の内容が報告されており、また文部科学省が掲げる「教育ビッグデータ」の構想の中でも、教育データの利活用に向けた取り組みが紹介されています。

一方で、今後対処すべき課題もあります。

たとえば、生徒が転校や進学したときに、その生徒を中心にデータが移動先の学校・地域に正しく移行されるのか、または、移動先の学校・地域によってデータフォーマットが違う場合はどのように対処するのか、といった課題が挙げられます。

そしてスタディログについては、個人情報保護の観点での配慮も必要で、現在はデジタル庁や文部科学省が連携し、さまざまな対策を整備している段階と理解しています。

―――スライド内には「学習履歴分析」という箇所がありますが(図中①)、生徒のデータが特定のAWS上のサービスで分析に利用されるのでしょうか?たとえば、AWSが提供している機械学習のモデルに生徒のデータを学習させることもあるのでしょうか?

AWS自身がスタディログを取り扱って機械学習モデルを構築しているわけではありません。

ただ、いくつかのEdTech企業では、AWSのAI/Machine Learningサービスを利用して教育アプリケーションを開発しています。

たとえば、中高生向けにプログラミング教育サービスを提供するLife Is Tech!は、学校で簡単にプログラミングの授業ができるオンライン教材「ライフイズテック レッスン Python・AIコース」を先日発表されました。
この教材の中ではAWSの画像・ビデオ分析サービスであるAmazon Rekognitionが採用されています。生徒が教材内のアプリケーション上で写真データを投稿すると、Amazon Rekognitionに事前登録されている学習済みモデルがその写真データを識別して文字情報として変換することができます。

データのプライバシー、セキュリティへの責任

ちなみに、データのプライバシーやセキュリティの責任範囲に関して補足します。
AWSが管理・提供する領域は、あくまでデータを保管するためのシステムの基盤やプラットフォームです。

AWSが提供するサービス上にお客様が開発したアプリケーションや保管したデータには、当社がアクセスすることはできません。その一方で、AWSを利用するお客様ご自身がアプリケーションやデータの統制権を持って、きちんと管理していただく必要があります(※)。

今後、スタディログ取り扱いについて検討していくなかで、スタディログは誰のもので、管理責任はどこが負うのか、という点が議論されていくと考えています。

行政で行う、第三者機関で行う、もしくはとある委託先事業者で行うなど、いずれの場合であっても、個人情報保護の考え方に照らし合わせて、適切な対処がされるべきです。

AWSが提案するGIGAスクール構想でのクラウド活用のあり方

次に、GIGAスクール構想でのクラウド活用についてご説明します。

現在、多くの学校のネットワーク環境は、自治体や教育委員会などが設置しているデータセンターにつながっていて、データセンター内にサーバーを設置して、校務システムや教務システムなど動かしています。

学校や教育委員会だけがアクセスできる閉じたネットワーク環境であるケースが多く、インターネットを経由した教育サービスやEdTechサービスが利用しづらいという課題があります。

GIGAスクール構想でのクラウド活用(編集注:図中①~⑤は後述で言及)

この課題を打破する1つのきっかけとして、当社としては上記のようなクラウド活用のあり方を提案しています。

クラウド環境をサーバーの設置場所として位置づけるのではなく、あらゆる教育サービスが稼働する統合プラットフォーム、そしてそこで取り扱われる多様なデータがつながる連携基盤として位置づけています。

学校のネットワークからは、インターネットやVPNを通してAWSと接続できますし(図中①)、既存のデータセンターとAWSを専用線で接続することも可能です(図中②)。
学校が提供する教育サービスは、仮想サーバーやストレージを利用してAWS上で構築できます(図中③)。
また、SaaSサービスの中にはAWS PrivateLinkという通信サービスに対応するものも増えてきています。EdTech企業も対応が進むことで、専用線を引かなくとも学校のAWS上のネットワークと高速かつ安全に閉域接続することもできるようになります(図中④)。

最後に、先ほどのスタディログのような重要情報には、インターネットから遮断した環境で一方通行のデータ連携を実現することも可能です。AWSでは多くのセキュリティサービスを提供しており、これらのデータのアクセス権限管理や監査ログなどもきめ細やかに設定できます(図中⑤)。

AWSを利用すれば、統合的な学習プラットフォームを実現しつつ、安全で信頼性が高いシステムを実装することが可能なのです。

長崎県教育委員会のAWS導入事例

実際に、長崎県教育委員会では、統合型校務支援システム「EDUCOMマネージャーC4th」をAWS上に展開することで、これまで長崎県内の各市町村単位でバラバラだった校務支援システムの統合を進めています。

文部科学省の「学校ICT環境整備促進実証研究事業」(統合型校務支援システム導入実証研究事業)としてスタートしたこの施策は、約30校を選定して試験導入が開始され、最終的には長崎県下の小中学校100校に導入される方針です。

文部科学省も推進するクラウドサービス活用

長崎県教育委員会のように、自治体のクラウドサービス利用が普及してきた背景には、文部科学省により、教育情報システムのセキュリティポリシーとなる「教育情報セキュリティポリシーに関するガイドライン」が改訂されたことが影響しています。

昨年12月、教育委員会や学校が最先端のITテクノロジーの整備を効率的に、安全に進められるように、クラウドサービスの利用に関する方針を追記する、大幅な改訂が行われました。

たとえば、クラウド上での重要性の高い情報資産の取り扱いを可能とする記述が追加され、データセンター要件の確認手法として第三者認証の活用が記載されています。
日本政府が「クラウド・バイ・デフォルト原則」を推進するのに呼応する形で、文部科学省においても教育委員会や学校の情報システムのクラウド化を進めています。

当社としても、国、文部科学省のクラウド政策に対して、多様なご支援を行っています。

AWSが提供する具体的な教育関連サービス~AWS Educate、AWS Academy、AWS EdStart

―――御社の教育分野における具体的なサービスについて教えてください。

「AWS Educate」は14歳以上の学生に、クラウドのアーキテクチャーやセキュリティに関するスキルなどを学んでもらうプログラムです。

AWS Educate( https://aws.amazon.com/jp/education/awseducate/

AWS Educateは2015年にプログラムを開始し、グローバルに展開中で、日本でも100校以上の学校に採用いただいています。

クラウドスキル習得のための各種教材や、実際にクラウドに触れていただくための「プロモーションクレジット」を提供しているほか、ユニークな機能としては、コースで取得したクラウドのスキルを、自分のキャリアパスとして展開させる「クラウドキャリアパス」があります。求人情報とのマッチングサービスもプログラム内に用意しており、AWSやAmazonの求人情報も含まれています。

―――キャリアパスの展開があるとのことですが、AWS Educateでは「AWS認定資格」との連携はしていますか?

AWS EducateはAWS認定資格との連携はありませんが、「AWS Academy」というプログラムでは、AWS認定資格との連携を用意しています。

AWS Academy( https://aws.amazon.com/jp/training/awsacademy/

AWS Academyは、学校がカリキュラムのなかで利用いただけるクラウドコンピューティング学習用コンテンツを体系的にパッケージ化して提供しているプログラムです。

クラウドを教えたい学校のニーズに応えるため、年間や半期といった期間別のクラウドの講座を提供しています。
また、AWSが提供するトレーナーが、AWS Academy採用校の先生に対して、クラウド講座のトレーニングやサポートも行います。

AWS Academyで教える内容は実務的であり、定められたステップにしたがって学習してもらうので、AWS認定資格の取得も視野に入れています。
AWS Academyを受講した生徒は、AWS認定試験を50%の割引価格で受験できます。

最後に、「AWS EdStart」は、一定の資格条件を満たすEdTechスタートアップをサポートするためのプログラムです。

AWS EdStart( https://aws.amazon.com/jp/education/edstart/

AWSはAWS EdStartに加盟しているEdTechスタートアップに、マーケティングやコミュニティ構築における支援を継続して行っており、アプリケーションやサービス開発においてはAWSのソリューションアーキテクトによる技術支援も提供しています。

加えて、サービス開発の初期においては、クラウド環境の構築が先行して必要になる場合が多いので、「プロモーションクレジット」という形でAWSサービスの費用負担の軽減をお手伝いしています。

EdTech企業同士で経験やノウハウを共有したい、というご要望も多く、「メンターシップ」という形でAWS EdStartに入会している他のEdTech企業からメンタリングや助言を受けることができるプログラムもご用意しています。

今年9月にはBlackboardやCreatella Venturesと連携し、EdTechスタートアップを対象とした、オンラインでのピッチイベントやメンタリングを実施しました。

AWS EdStartのコラボレーターであるEduGrowthを通じて、「EduTech Asia 2020」などのバーチャルイベントにもAWS EdStart加盟したEdTechスタートアップを招待しています。

現場の先生や生徒にとってのメリットや影響は?

―――教育現場にいる先生や生徒にとっては、学習で利用する教育サービスがクラウド環境によって提供されることによって、どんなメリットや影響があるのでしょうか?

AWSが教育現場の先生や生徒に対して提供できる1番の価値とは、教育サービスを安定させる「デジタル基盤」です。

さまざまなデジタル教育アプリケーションやEdTech企業が参入できるオープンなプラットフォームを、学校や教育現場に提供することは、先生や生徒が多様な教育サービスを自由に選択できることにつながります。

そしてユーザーが自由にサービスを選べることは、サービス間の健全な競争を呼び込み、教育サービス産業自体の発展につながります。

これまでの公教育で主体である教科書、黒板、クラスルームといったフィジカルな教育ツール・手法は、特徴上、デジタルのように柔軟にすばやく内容変更することが難しいため、どうしても教育サービスが画一的になりがちで、一部の学習内容においては、硬直化が起きていました。

AWSのクラウドサービスを導入することで、教育ツール・手法におけるフィジカルからデジタルへの変革を促し、公教育が抱えがちであった課題を打破して、学校の先生や生徒の学習環境が、常に時代に合わせてアップデートされた教材やサービスを体験できるようになると考えています。

―――本日はありがとうございました。

教育分野において、確実に重要性が高まるクラウド活用

以上、アマゾンウェブサービスジャパン 大富部貴彦氏のインタビューをお送りした。

教育現場にいる先生や生徒が、普段学校で利用するサービスがクラウドサービスによって支えられているかどうかを意識することは少ないかもしれない。

しかし、冒頭やインタビュー中に掲載している「教育情報セキュリティポリシーに関するガイドライン」、「クラウド・バイ・デフォルトの原則」をはじめ、その他文部科学省や国などが発表している資料の内容を鑑みるに、教育機関において今後クラウドサービス活用の重要性が増すことは確実だろう。

インターネット環境とブラウザがあれば、どんな環境でも同じサービスを安定して提供できるようになるクラウドサービスは、教育のデジタル基盤を整備・構築が求められる学校・教育機関にとって、欠かせない存在になってくる。

教育現場の授業の進め方にも大きな影響を与えるであろうクラウドサービスの、業界トップシェアを誇るAWSの動向や方針を掴んでおくことは、教育に従事する人々にとっても有益になるのではないか。

当メディアでもAWSをはじめ、教育分野におけるクラウド活用の動向については引き続き追いかけたい。

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