食卓の会話でわかるAO・推薦合格の可能性

食卓の会話でわかるAO・推薦合格の可能性

こんにちは。青木 唯有(あおき ゆう)です。日本アクティブラーニング協会理事および人財教育プロデューサーを務めています。

これまで、総合型・学校推薦型選抜(AO・推薦入試)指導に多く携わってきた経験から、総合型・学校推薦型選抜に象徴される大学受験の変化から見えてくる様々なことを、筆者のブログにて定期的にお伝えしています。このような情報や視点を、受験生だけでなく保護者の方にもご認識いただき、大学受験を通じて形成される豊かなキャリアについて親子で考える際のきっかけとしていただければと思います。

※2021年度入試からAO・推薦入試は「総合型選抜・学校推薦型選抜」と名称が変わりますが、本連載では便宜的に旧名称を使う場合があります。

今回は、「食卓の会話でわかるAO・推薦合格の可能性」をテーマに、AO・推薦における親子軸(おやこじく)についてお伝えしたいと思います。

※本連載は、筆者がnoteで発信している情報をEducationTomorrow向けに加筆・修正して掲載しているものです。

生きる上で絶対に欠かせない「食」。最近では、健全な食生活を営むことが、個人の健康や文化の継承など、あらゆる領域に波及することが認識され、「食育」の重要性について語られることが多くなっていますが、その実態はどのような状況なのでしょうか。

皆さんは、朝・昼・晩の三食を、誰と、どんな風にとっていますか?
ある自治体が調査した、以下のようなデータがあります。「家族との食事を望んでいるかどうか?」というアンケートに対して、

小学2年生・・・76.5%

小学5年生・・・79.4%

中学2年生・・・43.2%

高校2年生・・・37.5%

小学生までは、8割近い子供たちが家族との食事を望んでいますが、中学生になると一気に減少し、高校生ではなんと3割台
反抗期や思春期の影響もあるでしょうし、学年が上がるにつれて課される課題が増えたり部活で疲れていたりして、家に帰ってきたら一人で休みたいと思うのかもしれません。今はスマホでいろいろな情報に簡単にアクセスできますから、一人の過ごし方には苦労しないということも、こうした状況を後押ししているのかもしれません。
また、「せっかく食事をつくっても我が子が食べてくれない・・・」と悩む保護者の方も少なくないようです。核家族化が進み、親と子の生活時間帯もバラバラになり、家族全員が同じ時間にテーブルを囲むこと自体が難しくなっている現状もあるのでしょう。
そうした要因があいまって、親子で食卓を囲む機会を徐々に放棄してしまう・・・こんな状況に陥るご家庭は、決してめずらしくないと思います。

一方で、「ヘリコプターペアレント」という言葉をご存知ですか?
あたかもヘリコプターが旋回するかのように子供の動向を常に見張り続け、我が子に降りかかる危険や困難があれば先回りして駆けつけ、過剰に回避しようとする親のことを表す言葉です。

このような行き過ぎた干渉によって育てられた子供は、生きていれば誰もが避けては通れない、失敗や失望に対する耐性を全く持てないまま大人になります。困難や不条理から学び、試行錯誤しながら自ら考え行動する力が削がれたまま社会に出ることになるのです。

「若いときの苦労は買ってでもしろ」という言葉とは真逆の、子供の成長や成功の機会を奪う行為を、ヘリコプターペアレントは率先して行ってしまうのです。

AO・推薦入試は、「親子軸(おやこじく)」の形成に他ならないと、前回の記事に記しました。
「親子軸」とは、親と子が、互いを自立した存在として認め合い、尊重し、本当の意味での健全なパートナシップを組むことです。

「放任・放置でもなく、依存・干渉でもない、家族や親子における新しい関係構築」のプロセスが、AO・推薦入試そのものといっても、過言ではありません。

親と子が互いの存在を本当の意味で認め合い、尊重し、相互の関係性のなかで育まれる自立した関係性を築き上げる際の有効な視点や考え方は、どのようなものなのでしょうか?

その鍵が、「食卓での会話」にあるのです。

実は、AO・推薦を受ける中高生の保護者の方から最初にいただく報告の圧倒的多数が、「食卓における親子の対話の質が明らかに変化した」というものです。

具体的には、

「子供自身のキャリアに対する悩みや希望について、親子で夜を徹して語りあった。」
「親自身の幼少時代や祖父母のことなど、冠婚葬祭でもない限り話題にでないことについて、深い話になった。」
「自分の仕事やそれに対する考え方など、かなりするどい質問を(子供から)されてドギマギした。」

などなど。

なぜ、そのような変化が生まれるのでしょうか?
また、「食卓での会話」のどこに、親子軸(おやこじく)を定めるヒントがあるのでしょうか?

ここからは、専門的な内容も含めて、これらの疑問を明らかにしていきたいと思います。

そのためには、まず、日本の教育の現状から、お伝えしなくてはなりません。今ではどの学校でも当たり前になっている「アクティブラーニング」
これが日本の教育に導入されてから、かなりの月日が経ちますが、
当初は、リサーチやプレゼンテーション、ディスカッションなどが授業に導入されることに対して、混乱を訴える教育現場もあったようです。授業ごとに机の配置を変えたり、ディスカッションタイムを設けたり、教室でのいろいろな試行錯誤が、ニュースでも頻繁に取り上げられていました。

ただし、アクティブラーニングの本質は、個々の学習者の「自発的な姿勢」と学習者同士の「双方向の関わり合い」から生まれる「主体的で対話的な深い学びの在り方」にあります。

このような学びを一言で言うと、
「自立と共同による対人関係の実践」と表せるでしょう。
これは、AO・推薦入試で求められる資質とまったく同様です。

さらに、お気づきでしょうか?

この「自立し共同する対人関係の構築」は、前回の記事でお伝えした、
「放任でもなく、干渉でもない、親子における新しい関係構築」という在り方にそのまま重ねることができるのです。

極論かもしれませんが、私は、本質的な意味でのアクティブラーニングを実践するには、親子関係からスタートすべきであると確信しています。

さらに言えば、日本の教育が抱える課題も、親と子の関係を見直すことからその糸口が見えるのではないかと考えています。

最近、今の社会情勢の影響からか、教育の専門家の方々による、オンライン教育の可能性や9月入学の是非など、さまざまな議論が取り上げられています。

教育について注目度が上がり、色々な意見の交流がはかられることは、とても良いことだと思うのですが、私はこれらの議論に対してちょっと違和感を持っています。
あくまでも個人的な感覚なのですが、これまでの日本の教育で決定的に欠けている点については、あまり深く語られていないと感じるからです。

それは、子供本人のアイデンティティを積極的に滋養する教育の欠如についてです。

実は、日本の中高生の多くが、人生で最も多感な10代に誰もが漠然と考える「自分とは何者か?」という、非常に重要な問いに出合わないまま、日々を過ごしています。

日本の教育においては、「自分が何者であるか?」よりも、知識を大量にインプットし正確にアウトプットするトレーニングに、学習の多くの時間が割かれる設計になっています。

知識の定着を軽んじても良いと主張するつもりはありませんが、「知識を身につけること」と「自分とは何者かについて考えること」とが、現行の日本の教育システムの中ではほぼ接続されず、無関係のまま人材を社会に送り出していくことは、やっぱり問題だと思います。

私は今まで、小学校・中学校・高校にかけてそうした教育環境にどっぷりと浸っている状態からAO・推薦入試に向かう受験生たちを多く見てきました。

彼らは、自己のアイデンティティについて、ほぼ無防備な状態で、志望理由書や活動報告書を目の当たりにします。

そこで初めて、「自分という人間は、何が好きで、何が嫌いか?」「どんなことに喜びを感じ、どんな領域に関心を持っているのか?」「将来やりたいことは、一体どのようなことなのか?という問いに、本気で向き合うことになるのです。

もちろん、このような、自らのアイデンティティに対する答えは、誰かに教えてもらうものではありません。参考書も解答集も存在しません。行動と挑戦を重ねながら、自分の力で見出していくものです。言語化する粘り強さも必要です。
当然、簡単に答えを出せるものではありませんから、結果として、「自分とは何者かについて語り合える相手」を自らが欲するようになります。

ただし、アイデンティティ教育にほぼ触れたことのない中高生にとって、自分についての情報を他者に開示することは、とてもデリケートで繊細な領域です。

ゆえに、自らについて、安心して語ることのできる安全な場所を探します。その最初のステージが、多くの場合、自分のことをよく知っていて信頼できる保護者の方になるのです。そうした一連が、本記事の中編でお伝えした「AO・推薦入試によって親子の対話が変化した」という保護者の方の実感に繋がっているのだと思います。

多くの保護者の方は、こうした親子によるコミュニケーションの質的変化に対して、我が子の自立のプロセスに親の立場でダイレクトに立ち合える充足感を覚えていらっしゃいます。

そして、このような感覚になることは、「とても想定外だった」とおっしゃる方が多いようです。なぜ、想定外かというと、受験における充足感や達成感を得られるタイミングは、通常は「合格発表後」であるはずなのに、「受験準備中」に得られるからなのでしょう。

まさに、AO・推薦入試は、その受験自体が「親子関係の前向きな変化」をもたらす大きなきっかけになり得るのです。それは、単なる大学合格とは別格の、家族にとっての大きな価値となるはずです。

別の見方をすれば、「AO・推薦入試に向けて塾・予備校などに通って準備しているのに、あまり自分自身について深めたりする様子を感じないな?何か別のことに囚われているな?」と保護者の方が感じたり、「そもそも子供本人から対話を欲していないのかな?」という状況なら、それはちょっと注意すべき兆候かもしれません。健全なAO・推薦入試のプロセスをたどっていない可能性があるからです。

残念なことですが、「●●大学●●学部に合格するためには、こういう研究テーマでなければいけない」だとか、「志望理由書はこの順番で書かなければいけない」といった、本人のアイデンティティを全く無視した指導が、実際にあります。

また、「自分の受験体験のみに依存するような、属人的かつ体系の整っていないマンパワー指導に、何十万円も払ってしまった」という話も耳にします。

そうしたリスクに気が付けたり、親と子の「自立と共同の関係」を構築したりするための重要な環境が、実は「親子の食卓」にあると、私は思っています。

ぜひ、AO・推薦受験生の保護者の方は、食卓での会話に代表される子供との対話の場をより大切にしていただければ幸いです。

次回は、「親子軸(おやこじく)を定めるメンタリング術」をお伝えしたいと思います。「メンタリング」は、私がナビゲーターを担当するAO・推薦入試オンラインサロンでも、とても重要なキーワードですが、「親子軸」形成のためにも、とても参考になると思います。
ぜひ、お楽しみに。

※メンタリング・・・指示や命令によらず、育成者(メンター)の対話と助言によって、被育成者(メンティー)の自立的・自発的な発達を促す指導法の一つ。

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