総合型選抜・学校推薦型選抜のための「活動実績づくり」の罠

総合型選抜・学校推薦型選抜のための「活動実績づくり」の罠

こんにちは。青木唯有(あおき ゆう)です。日本アクティブラーニング協会理事および人財教育プロデューサーを務めています。

これまで、総合型選抜・学校推薦型選抜(旧AO・推薦入試)の指導に多く携わってきた経験から、教育界の変化や課題、実社会の影響、親子のあり方など、筆写のブログにて定期的に発信しています。

今回のテーマは「活動実績づくり」についてです。

ご存知の方も多いと思いますが、総合型選抜などの特別入試の出願の際に志望理由書とほぼセットで課される書類の一つに「活動報告書」があります。

  • スポーツや学芸における大会・コンクール歴や受賞歴
  • ボランティア活動
  • 海外留学経験
  • 語学などの取得資格
  • 特筆すべき課外・学外活動

一般的には以上のような経験が「活動報告書」に記載できる代表的な項目です。

これらの経験を履歴書のようなフォーマットに時系列に記載するケースもあれば、各活動の内容について一定のまとまりのある文章にするケースもあるなど、「活動報告書」の体裁は大学・学部により様々です。中には、活動報告書に添付できる「任意提出資料」として、特にフォーマットを設けずにより具体的な活動内容を示すために受験生が自在に編集して資料を作成し提出できる大学もあります。こうした「任意提出資料」は、これまでの経験や活動から何を学んだかについて、写真や賞状、証明書などでより具体的にアピールすることができるため、数十ページを超える非常にボリュームのある資料になるケースが多いようです。以前の記事でも述べましたが、自己理解や自己分析の重要なベースとなるポートフォリオの作成が、この「活動報告書」にもダイレクトに活かされるわけですが、志望理由書と合わせて、自分自身をアピールするために非常に重要な書類なのです。

であるが故に、私は、総合型選抜・学校推薦型選抜の性質を表す際に「動詞的」だと説明することがあります。「その人物が何者であるか?」について、その行動で判断する側面があるからです。

そして、このような選抜の性質を受験生に伝えると、総合型選抜・学校推薦型選抜の受験をきっかけに、「興味のあることについて、自分から行動してみよう!」と変化するケースが多くあります。

大学受験に合格するために活動をするのは何だかヨコシマな感じがする……という声も耳にしますが、「活動報告書」があることによって机上の学びという受動型の学習だけでなく、自分の行動によって得られる能動型の学習を身につけられることは、私はむしろ意義あることだと考えます。

ペーパーテストによる一般受験であっても、予め英語や数学といった受験科目が決められています。受験科目の勉強をきっかけに、「英語を話せるようになりたい!」とか「数学の奥深さをもっと知りたい!」と、強い関心を持つようになりより学びが深化することは悪いことではありませんよね。総合型選抜・学校推薦型選抜の受験をきっかけに、「何か行動を起こし活動してみよう!」と考え、実際に活動を起こすという受験生の流れ自体は、本質的には問題ではないのです。

ですが、総合型選抜をきっかけに発生するいわゆる「実績づくり」については、その取り扱い方が非常に難しいと感じることが多々あります。よく「総合型選抜で有利になるための活動実績をつくるには、何をしたらよいですか?」という質問を受けます。たしかに、提出書類には、受賞歴を書いたり活動による成果を記載できたりしますから、受験生が「実績が欲しい!」と考えるのは無理もありません。ただ、「実績欲しさ」が過ぎるがあまりの悪い意味での恣意的な活動実績づくりが、総合型選抜・学校推薦型選抜の本来の姿を歪めてしまうのではないかという恐れを抱くことがあります。

数年前から、民間の塾・予備校が総合型選抜を狙う受験生のマーケットに注目するようになってからは、そうした懸念がより強くなりました。ここ最近で、総合型選抜などの特別入試を専門にする新しい塾や予備校がいくつも新設されています。その中には、活動実績づくりの支援を指導の売りにしている塾・予備校もあります。実は、そうした新興の総合型選抜・学校推薦型選抜専門の塾・予備校が、かつて大物政治家やその関係者などの講演会を催したことがあるのですが、私にとっては、このイベントが、選抜のための「活動実績づくり」について考えさせられる一つの事例になりました。

そのイベントは、政治や産業界などで活躍されている方々による講演や参加者による交流などによって、実社会の課題について高校生たちが考えを巡らせることによって行動するきっかけを与えるような内容でした。趣旨自体は、とても意義あるものです。ですが、塾・予備校の名前を前面に出さずに多くの高校生たちを動員した上で、イベントの最中に自塾・予備校に勧誘するような実態が一部のメディアで取り上げられ、問題になったのです。せっかくの意義ある会の目的が、特定の団体や大人たちの利益のために利用されてしまうということが事実であれば、確かに問題だと当時私も感じました。

問題はここからです。

週刊誌やネットなどで、こうした出来事が問題視され、バッシングされたタイミングで、、、

  • AO・推薦入試(当時の名称)は、早期に定員を確保したい大学の青田買い入試
  • AO・推薦で合格する人は、要領が良くあざとい人が多い
  • AO・推薦で大学に入学しても、就職の際に企業から嫌厭され苦労する

などなど、総合型選抜・学校推薦型選抜そのものに対する疑念や誹謗中傷に近い情報が、ネットなどで飛び交うようになったのです。

そんな風評から、実際に、指導していた受験生から、「AO・推薦入試(当時の名称)を受験することを、学校の先生や友人に言えない。自分がズルをしていると思われたくないから……」など、相談されることもありました。また、「AO・推薦入試を受けるのは、卑怯な気がするから」と言って受験を辞めるという決断をした受験生もいました。「ペーパーテストを重視しない選抜を受けることは、受験勉強からの逃げですよね」と言われたこともあります。その団体のイベントのやり方には問題があったのかもしれないけれど、こうした人物重視の選抜をきっかけに行動を起こすことで漠然と抱いていた目標が明確になり、活動や経験を通して生涯に通ずる出会いに恵まれるなど、受験自体が価値ある体験になることはまぎれもない事実なのに…。

その当時、たくさんの中高生の総合型選抜・学校推薦型選抜の指導を担当していた私は、本質とは異なる受験制度のこうした捉えられ方に、歯がゆく、とても悔しい思いをしました。それと同時に、総合型選抜・学校推薦型選抜における良質な側面がある一方で、捻れた活用のされ方によっては非常に危険な認識になってしまうリスクをひどく痛感しました。

総合型選抜・学校推薦型選抜における活動実績づくりは、諸刃の剣……。そんな言葉が脳裏をかすめた私は、ある決意をすることになります。

総合型選抜・学校推薦型選抜の際、提出書類に課される「活動報告書」に記載するための“実績が欲しい”と考える受験生の心理を利用した“一部の動き”が、雑誌やネットなどのメディアなどを通じて問題視され、見る見るうちにこの選抜の本質が捻じ曲げられてしまう状況を目の当たりにした私は、「この誤解を解くには、辻説法しかない・・・!」と考えるようになります。

辻説法とは、ご存知の通り、「路傍で道行く人に説法する布教活動」のことです。

『意味のある言葉』を少数の人々に誠意をもって語る方が、『意味のない言葉を喧伝する』よりも、遥かに大きな効果になる

これは、ある本の中にあった言葉ですが、まさに私は、総合型選抜・学校推薦型選抜に対して蔓延ってしまっている根深い偏見を、まずは大人たち=「受験生の保護者の方」に対して、「一人ひとりとの対話」という辻説法形式によって解いていこうと考えたのです。当時担当していた中高生の保護者の方を対象に、「保護者懇親会」という形式で毎週のように10名ほどお呼びし、質疑応答も交えながら、この選抜制度について、事実と本音でお伝えする場を設けました。

活動報告書はもちろんこと志望理由書や面接などの準備を行うにあたり、それらに対してどう向き合えば良いのか、じっくりと話し合いました。

よくある安易な方法論を求めるがあまり「どんな実績が有利か?」「何を書けばよいのか?」「どんなことを言えばよいのか?」という近視眼的目線でこの選抜を捉えるのではなく、「自分がどんな人間になりたいのか?」について深く考えるきっかけとして受験を捉える方が健全でありよほど成果につながることなどを、私の経験も踏まえながら伝えていきました。

総合型選抜・学校推薦型選抜という親世代には一般的ではなかった入試についての理解を深めることを目的とした懇親会でしたが、保護者の方と車座になって意見を重ね合わせていくと、子育てに関するご家庭の様々な悩みが話されていきました。特に多かったのが、「もう半分大人の入口に立っている高校生の子供に対して、親としてどうか関わっていったら良いのか分からない」という悩みです。

「自分(親)が大学受験をする時代は、保護者はまったく関わらなかったし、子供に任せておけば良いのではないか?」とはっきりおっしゃる保護者の方もいらっしゃいました。確かに、答えのあるペーパーテストであれば、極端な話、問題集と回答集、参考書さえあれば、あとは自己完結型で学ぶことが可能です。ただ、総合型選抜・学校推薦型選抜のように人物そのものを判断する入試においては正解という概念はありません。また、前述で「動詞的」だとお伝えした通り、これらの選抜には、受験生の活動や経験からその可能性を測るという性質があります。行動をすれば必ず自分以外の他者との出会いが生まれ、自己完結では済まされない「他者との関わり」がおのずと発生するのです。

このプロセスは、知識の出し入れをただ黙々と続ける“お一人様の学び”とは、ある意味で正反対です。そして、本当の意味での「活動実績」の価値とは、そうした出会いや人との摩擦の中でどんな新価値や関係性を結べるかにあるはずです。

ハーバードビジネススクールの看板教授であったクリステンセン教授は、「人生を測るものさし(how to measure your life)」について、「あなたが何をしたかではなく、あなたが出会った人との関係の中にある」と言っています。

「活動実績づくり」も、その意味で捉えれば、誰と出会い、どんな関係を築けたかに価値があるのだと思いますし、その本質を言語化・可視化したものが良質な「活動報告書」になります。「親として子供にどのように関わったら良いかわからない」という悩みに対しては、正解も王道もありません。ですが、人生で必要な出会いを引き寄せ、良質な関係を築くためのモデルづくりが「親と子の関係」にあることは間違いないのではないかと思います。

実際、懇親会での対話を通して、保護者の方がそのような認識に変化されたご家庭の受験生は、みるみるうちに成長していきました。自身の経験や活動の価値を、賞の大きさや順位で示すのではなく、「そこで何を得たのか?何を学んだのか?」ということを主軸にした、非常に説得力ある活動報告書を作成するようになっていったのです。

いずれにしても、総合型選抜・学校推薦型選抜という受験体験を、良い意味で親子が一緒になって活用することで、親と子という枠組みだけでは認識できない「一人の人間」としての姿を、浮き彫りにすることができるのだと、私は思います。

次回は、「三世代家族と子供の学力の不思議」をテーマにお伝えします。お楽しみに。

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