小学生がeポートフォリオを使うと一体どうなる?

小学生がeポートフォリオを使うと一体どうなる?

ポートフォリオの最大の価値は「振り返り」にあります。1年生から記録を積み重ねて、6年生で振り返った時に自己の成長を実感できる。中学校の時に、自己紹介としてプレゼンできるところまでもっていきたい。リアルな記録をもとにすることで自己紹介の質が変わると思います。

これまで使ってこなかった手段なので、その手段が増えたことによって、子供たちも新しい力を手に入れた。可能性が広がったと思っています。

こう話すのは麻布小学校の教員だ。麻布小学校は東京都港区にある公立小学校で、2021年の4月から学校全体でeポートフォリオの活用を始めている。利用しているのはSNS型のeポートフォリオ「Feelnote」。今回はその実践状況や教育効果について取材した。

eポートフォリオを使った教育を行っている麻布小学校の教員に話を聞いた。

そもそも、eポートフォリオとは?

以前、大学入試における多面的・総合的評価の実現に向けて、文科省の委託事業の一環で「eポートフォリオ」のシステム開発が行われ、全国の高校生にIDが配られたことがある。最終的にこのシステムは、事業として安定的に運営できる見通しが立たないことを理由に、活用が進まないまま破棄されることとなった。

一般的に、教育においてのポートフォリオは、学習者が経験する様々な学びや活動について、その本人が文章や写真や図表等を自由に使って表現した資料をいう。仮に同じ経験をしていたとしても、一人ひとり異なる個性的な描写がされるため、学校歴や活動歴だけではわからない本人らしさを、そこから読み取ることができるというものだ。そのため、文科省委託事業の有無にかかわらず、入試でポートフォリオ評価を行っている大学は少なからず存在するし、入試での提出の要否とは別に、総合型選抜の志望理由書を、根拠を持って執筆するにあたって、自身の振り返りのために作成する学習者もいる。

一方、ポートフォリオ作成には、ひとつ大きな課題がある。それは、作ろうと思い立ったからといって、一朝一夕にできるものではないという点だ。人によっては数年間のストーリーを表現する資料を作ることになるが、数年前の経験を鮮明に言語化できる人はほとんどいない。数ヶ月前や数日前であっても怪しいだろう。つまり、プロセスの記録が必要なのだ。

そうなると、eポートフォリオを大学入試で制度化しようという時には、結果的にすべての生徒に活動の記録を義務付けることになってしまう。果たしてそのようなことが可能だろうか? これが、前述の委託事業がうまく進まなかったひとつの要因なのではないかと筆者は見ている。

ポートフォリオは本来、万人が必ずやらなければならないという類のものではない。チャンスが訪れた時に自分の経験を即座に示すことのできるツールであって、記録をつけることは自分の将来に向けての投資になっていると考えれば、そのことに価値を見出す人財や教育機関がやれば良い。ただし、若年世代はそれを見通すことができない場合もあるだろう。だからこそ、学校等の教育機関が、教育活動の一環として取り入れるべきという考え方もある。

もうひとつの論点は、ポートフォリオを活用した教育活動そのものに効果や価値があるかどうかだ。その価値があれば、入試がどうであれ、実践する学校も増えてくるだろう。

その意味でも、大学入試とは無関係の小学生がeポートフォリオを使った時に、どういった活用がなされ、どのような変化が生まれるのかを知ることができる麻布小学校の実例は興味深い。

麻布小がeポートフォリオを導入した理由

導入の経緯について宮島淳一校長は次のように語った。

本校では校内研究で国語科を研究しています。主題が「主体的に学び合い、豊かに表現する児童の育成」、副題は「適切な言語活動を通した授業改善を目指して」です。国語科から各教科に波及するようにと進めています。Feelnoteは自分を表現していくツールですので、広がりや継続性を考えても研究に使えるのではないかと思いました。児童の表現力は知識・技能だけではなく「非認知スキル」、その児童が意識的にも無意識的にも培ってきた力ということになるので、その可視化を今後考えていきたいと思っています。

導入の経緯について話す宮島淳一校長。

SNSでの投稿・共有を通じて児童同士の学び合いや自己表現を促進していき、結果的に蓄積された記録を活用して、従来は見えなかった領域の児童の成長にスポットをあてていこうという試みだ。これまで、学びや経験によって児童が変化していく様子は、肌感覚でつかむしかなかったが、それらがデータ化され根拠に基づいて把握できるようになることには大きな意味があるだろう。

学年ごとの実際の活用方法は?

各学年の実際の活用方法を聞いた。

2年生はまだローマ字も習っていないので、来年以降へのつなぎという形で考えています。今年度は生活科でミニトマトの栽培を行っているので、その観察記録で写真を撮ってアップしています。文字を打つのに慣れていない児童もいるので、まだ一律ではできていませんが、取り組んでいる児童は楽しんでやっています。

2年生を担当する鳴海大祐教諭。

まだローマ字入力ができない低学年では文字で記録を残すことは難しい。その点、写真を撮って投稿するなど、できることから始めている。ノートに書いた文字や絵を写真に撮ってアップするなどの方法も考えられるが、タブレットに手書きした文字を読み込めるようにするなど、低学年での利用をサポートするような機能があれば全体としての取り組みに広げやすいとの声もあがっていた。これはGIGAスクール構想で全児童にタブレットPCが配付されている現場が抱える共通課題とも言えるかもしれない。

4年生は国語の授業で、児童一人ひとりが自分の考えを書くのに使っています。例えば、校庭で自分が興味を持ったものを写真に撮って、なぜそれが良いと思ったのか、そこから何を感じたのかを書いたりしています。家に帰ってからも好きなことを投稿したり、自主的に日記のように使ったりしている児童もいます。学校では子どもたちが書きやすいことを意識して、「○○について書いてみて」と促しています。自主的に取り組むかどうかについては個人差があって、毎日アップする児童もいればそうでない児童もいます。ノートに書くよりも手軽にできて、写真も載せられるので興味をもって取り組んでいるようです。

4年生担当の佐藤千紗教諭。

学年が上がるにつれて、徐々に活用の幅が広がっていることがわかる。どのような内容を記録するのかについては、教員による後押しがカギにもなっている。図工の時間に描いた絵をアップしてバーチャル展覧会のように活用している例もあった。このようにして低学年のうちから記録したり共有したりといったことに慣れていけば、自主的に投稿する児童も増えてくるかもしれない。児童の書き込みからは、普段は見られない様子が見られるようになって良かったとの話もあった。

高学年では活用の幅がさらに広がる

5年生では毎日使いたいと考えていて、国語科での活用を模索しています。授業の要旨をとらえて、自分の考えをまとめて投稿したり、ブログを発信しようという授業をやったりもしています。日記をFeelnoteで書くようにもしていますが、書くハードルが下がるので、紙に書いていた時よりも取り組む児童が増えました。写真や絵で表現する児童もいて、表現の幅が広がったように思います。学校では肩肘張って書けないことを家でリラックスして書けるので家庭学習の良い材料にもなっています。自分が書いたことを振り返ることができ、他者からコメントなどの評価も受けられるので、意欲的に継続的に取り組んでいます。このような経験を通して発信する意識が強くなりました。

5年生を担当する梨岡和教諭。

Feelnoteの活用によって学校外の取り組みが充実していることにも価値があるという。また、SNSに発信するという機会があることで、モラルや情報教育にも活かされている。これまでも道徳の授業で情報教育を扱う場面もあったが、Feelnoteのリアルなやりとりを例にあげながら、生きた教材で具体的に学べることに高い教育効果を感じているという話もあった。SNSが前提となっている今、学校教育の中で情報発信の振る舞いを学んでおくことは確かに重要だ。

6年生でも、共通課題で書き込んでもらう時と、思ったことや興味があることについて自由に書いてもらう時と2つあります。共通課題は、例えば、社会の学習で出てきた歴史上の人物を家庭学習で調べて、その内容を投稿してもらっています。児童によって内容の深さも観点も違うので、同じテーマでも違う画像があがってきたりして、こちらが指示をしなくても、友達の資料から新しい発見をしている児童もいます。今までは家庭学習を共有することは難しかったので、可能性が広がりました。自主的な投稿をする際には、「誰もが嫌な気持ちにならない表現で書くこと」というルールを設定しています。

6年生担当の落合ひかる教諭。

6年生ではさらに進んで、Feelnoteが授業と家庭学習の橋渡しになっており、児童同士の学び合いが自然発生している。子どもたちが新たな手段を手に入れたことで、学びの可能性が広がっているそうだ。一方で、「子どもたちは吸収が早いので、教員側が負けずにもっと効果的に使ってもらえるよう、より可能性を引き出したい」といったコメントもあった。

より効果的に使っていくための課題

実際に活用を進める中で、これまでにない教育効果を実感できる一方、今後に向けての課題も見えてきたという。

Feelnoteは学年ごとやクラスごとなどでグループを作成して、その中で児童同士や教員が投稿を共有することができるが、当初、麻布小学校では学校全体で発信が共有できるようになっていた。ところが、進めていく中で、6年生の投稿と2年生の投稿が混在することには問題があると感じ、クラスごとに共有範囲を絞ることにしたそうだ。

小学生は学年によって発達段階にかなりの差がある。そのため、運用方法やルールづくりについてはしっかり検討しておく必要がある。また、学年ごとの発達段階に応じた活用例が出てくるとより効果的に進められるのではないかといった声もあった。

学校としてSNSを使うことに対しては、保護者の理解を得ることも重要になってくる。

SNS型のアプリは偏見を持たれやすく、マイナスのイメージを持っている保護者もいる。その点、どういう効果があるのか、どう指導していくのかをきちんと説明しておくことが大切です。SNS型の魅力を簡単に削ってしまうと、今までの環境では実現できなかったことをつぶしてしまうことになります。可能性を狭めてしまうのはもったいないと思います。

子どもたちは発信できることに魅力を感じて、「楽しさ」が先行している状況だが、そこから学びを深め、自己理解につながるような手段となるように教員が舵取りをしていきたいといった意見も出た。

ポートフォリオ教育の将来展望

最後に宮島校長はこのように語った。

eポートフォリオを教育者がどう評価するか、学習者がどう振り返るか、可視化できるようになると良いと思います。記録をつけるだけでなく、自分の強みや弱みが見えてくると、児童の成長に向けて活かしていけるようになります。

Feelnoteは今秋、ユーザーの記録をAIで分析して一人ひとりの興味関心や非認知スキルをフィードバックする機能を実装予定だ。麻布小学校で始まっているポートフォリオ教育とのかけあわせで、これまでにない教育の進化が見られるようになるかもしれない。今後の取り組みに期待したい。

児童が自主的に投稿する記録から、児童同士が刺激を受けて学び合っている。
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